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まず姉が拉致された経緯を簡単にお話したいと思います。姉が当時失踪、今となっては拉致でありますけど、11月15日、今から25年と半年前、非常に長い年月がたちました。当時、中学1年生の子供でありますが、本当にひどいことをする国だと改めて思います。拉致の状態が北朝鮮の工作員の単独の拉致なのか、日本にいた共犯者の手引きによる拉致なのか、正確にはわかりませんけれども、私自身は日本国内に共謀者がいたのではないかと思っております。その共謀者が自ら私が拉致しました、とはまず言わないでしょうが、ゆくゆくこの拉致事件が解決していく暁には誰が共謀していたのか判明すると思いますので、今のうちに勇気を持って「私がやったんだ」という風に告白してもらいたいと思っています。
私は姉が拉致された当時、小学校3年生でしたけども、その時、家庭には様々な方がやってきていました。当然、警察関係者、またマスコミ関係者も多くいらっしゃいました。中には冗談ぽくなりますけど、宇宙人が来たのではないか、UFOがどうのこうのという方も来ました。本当に家の中がパニック状態でした。小学校3年生の時分ですと、やはり今みたいな大人の見識はありませんですので、重大さというものをあまり感じていなかったというのはありますけど、やはりえらいことが起こっているなということを親の姿を見て感じておりました。しかしながら、拉致されて以降、19年間、いたずら電話で脅迫じみたこともありましたけど、まずほとんど、手がかり音信というものはありませんでした。この19年間というのは生殺しの状態でした。我々兄弟は、親の姿を見ているのが非常につらかった。
今から約6年前に北朝鮮の亡命工作員の証言によりまして、初めて手がかりというのが見つかった訳でありますけど、ホントにわずかな手がかりでしたが、暗闇に一筋の光が差したというという思いがしました。当時、私は関西に住んでいましたが、夜、親から電話がありまして、「めぐみちゃんがね、北朝鮮に拉致されたみたいだよ」という言葉を聞いた時に、本当に私、びっくりというのもそうですし、怖かったというのもありました。で、6年前にわかって以降、我々家族が署名活動等で、運動を本格的に開始してきた訳ですけども、当時の映像などで皆様もご覧になっているかと思いますが、私の父、母が署名をお願いしますと街頭で頭を下げても、素通りの状態でした。その映像がなんの映像よりも、私にとって一番つらい映像でした。
しかし、国民の関心も高まってまいりまして、ご署名、ご寄付を始めとするご支援を賜るなど、盛り上がってまいりましって、9月17日に小泉首相の訪朝が実現したわけであります。その当時、我々家族会は外務省の飯倉公館で待機しておりました。で、まあ、外務省の役人曰く「非常に大切なことだから、確認に確認をとって皆様にお伝えしたい」と言っておりましたが、家族ごとに呼ばれまして、私たちは「めぐみさんはなくなっておられました」と言われてしまいました。あの時は本当に頭の中が真っ白になりましたし、理由なく涙が出て参りました。その後、外務省に色々と聞いてみると、別に事実を確認した訳ではなく、あっちが言ってきたことをそのまま我々に言ってきた。外務省は恐らくこれで拉致問題を終結させようとしたんじゃないかと思います。前から外務省は信じておりませんけど、あの時は怒りを覚えた一瞬でした。
10月15日に5人の方が帰国なさいましたが、これも皆様の関心の高まりがここまで動かしたのではないかと思っております。感謝を申し上げたいと思っております。
しかし、10月15日以降、膠着状態にあります。で、これをなんとか打破しなくてはならないといことで我々家族会の中の一部が3月に訪米をいたしました。アーミテージ国務副長官を始めとする重鎮にお会いすることが出来まして成果が大きなものだったと思っております。アーミテージ国務副長官からも「拉致は現在進行形のテロである」という言葉を頂きまして、その言葉を持って帰って川口外務大臣にお会いした訳ですけども、その面談中、また面談後の感想は、一言、あきれたとしか言いようのないものでした。まったく当事者意識のないお役所なんだなと実感いたしました。今後何をしていくのかと問うと、対話が大事だという。対話が通じる国ならばそれもいいが、北朝鮮は対話が通じない国だ。対話の通じない国には、やはり力を持って動くしかないと私は思っております。我々家族の悲痛な思い、実際に拉致された人たちの血の叫び、こういうものを全く認識していないというのが、外務省の役人の心の中なのではないかと思います。もう26年になりますけども、これでも返さないというのであれば経済制裁も辞さないという毅然たる態度を貫くことがやはり大事なのではないかと思っております。
私の姉を始めとする拉致被害者は、日本国に裏切られたと思っているのではないか、また家族に対しても何だと思っているのではないかと思います。近い将来帰ってくると思っていますが、帰って来た暁には、まず最初に「おかえり」という言葉も当然言いたいのですが、「本当に25年間何も出来ずにゴメン」と言いたいと思っています。
外務省は色々手段があるにもかかわらず何も情報を入手しようとしていない。社民党は今まで侵した重罪ということを、拉致解決に向けて行動することでした補えないのではないか。朝鮮総連の方達も金正日が拉致を認めたのだから日本国内でももっと拉致事件を解決しようという声を挙げて欲しいが、なかなか聞こえてこない。社民党も総連もこの時期に動いてこそ認められるのではないか。積極的に目に見える形で動いて貰いたいと思っています。
来週、家族会はロサンジェルス組とジュネーブ組という風に外国に参ります。ロサンジェルス組は私の父と私ら4人で参りますが、ここにおられる勝呂さんに大変ご尽力いただいて渡米をいたします。勝呂さんはこの拉致事件を我が身、我が家族のことのように考えて行動していただいております。ありがとうございます、と勝呂さんに言ったのですが、「そんなことは当然です。」とおっしゃいました。自分の家族のことでもないのに、こんなに動いてくださる方がいるというのは、私は本当に感謝いたします。
今回、訪米する理由ですが、今回のイラク戦争を見ましてもアメリカの力というのは無視することの出来ない存在であります。アメリカ市民の方に拉致事件を正しく認識してもらい、それが政権を動かし、国際的にも協調して解決いけるようにと思い、訪米させていただくことになりました。
イラク戦争が終結して金正日は次はオレだと恐怖を抱いているのではないかと思います。アメリカは現段階では武力行使はしないと言っているが、最終的には、解決しなければ、武力行使もあり得ると思います。
訪米はしますが、我々民間が出来ることには限界があります。やはり最後に動くのは日本政府、外務省でありますけども、今まで、主体性、責任感というものがまったくありませんので、今後は積極的に取り組んでもらいたいと思います。
なかなか進展しない拉致問題ではありますが、私個人としては、もう一度小泉首相に訪朝してもらい政治生命をかけて交渉してもらえないかと願っております。安倍官房副長官にも同席してもらって強硬な意見を言っていただいていただければなおいいかと思っております。
一日も早く姉に会いたいと思っています。何もない状態から小泉訪朝、5人の帰国と動いて来たのは皆様の力でここまで来たわけであります。私の姉を始めとする拉致被害者の帰国のためにも、皆様のお声をこれからも挙げていただきたいと思っております。
5月7日、国民大集会が開催されます。お時間の許す方はぜひお出で頂きたいと思っております。今後ともご支援、ご協力をお願いすると共に、一人でも多くの方にこの拉致問題をお話いただければと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
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