拉致はテロだ! 北朝鮮に拉致された日本人・家族を救出するぞ!
第5回国民大集会決定! 東京国際フォーラムで5000人集会
■日 時:平成15年5月7日(水)午後6時半より(5時半開場)
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| ◆ | 参加レポート集 vol.1 |
| ◆ | 参加レポート集 vol.2 『国民大集会 入場ならず されど 参加せり』 |
| ◆ | 第5回国民大集会 写真集 |
| 超特別企画 拉致はテロだ! by プロジェクトP | |
臨場感溢れる本音の参加レポート、さらに「入場行列参加レポート」も(w 写真も満載。 |
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プロジェクトP主催 中の人様(リンクの許可を頂いています)
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| 拉致問題がこの国を変える予感に震えた日の記録 | |
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5時起床。まず私は昨日の『拉致はテロだ!北朝鮮に拉致された日本人・家族を救出するぞ!第五回国民大集会』http://bbs.trycomp.com/forum.html。に来ていただきながら会場に入れなかった方々に対して衷心からお詫びを申し上げたい。私は主催者でも関係者でもなくたまたま幸運にも入場できた一人にすぎない。しかしこのペ−ジがきっかけでご来場いただきながら入場できなかった方々の対して重い責任を感じる。5000人の会場に対して2万人がいらした。5000人ということすらこれまでとは一桁違い関係者ははたして何割りの席が埋まるかと内心ビクビクものだったのである。しかし雪崩は起きた。ぜひ壇上に座ってその雪崩から投げられる石を受けていただきたかった土井たか子が使ったがために肥だめの中に埋葬された言葉でなければ「山は動いた」と書きたいところなのである。風の強い夕べであった。有楽町駅から東京国際フォ−ラムに向かう道すがら馬鹿な話で私はどんなスタアのコンサ−トがあるのだろうとぼおっと考えていた。杖をついた老爺から「拉致被害者の大会はどこですかな」と訛りの強い言葉で聞かれしわくちゃのス−ツの胸にブル−リボンを見てはじめて何が起きているのかを知ったのであった。開場を1時間以上前にしてフォ−ラムは十重二十重の人の波に取り囲まれていた。私はかろうじて中に入れたのでその後のことは知らない。しかし大会のあとこれまで歯を食いしばるような支援活動を続けてきたR-NETの青年たちが口々に吹きあげるようにその後の外の模様を伝えてくれた。大会の途中壇上から拉致議連の議員たちの姿が消えた。義理で顔を出す国会議員なんてそんなものかと私は軽侮した。違っていた。彼らは外で待つ人々が入場できずに怒っているのを知り謝罪のために出て行ったのであった。横田夫妻が石原慎太郎氏が外の壇上に立ち深々と頭を下げたという。待っていてくださった人々の怒りの声はやがて拍手に変わりあべこべに「謝らないでくださいと」と横田さんたちに声が飛んだと青年たちは嗚咽をこらえながら教えてくれた。そして笑顔になって「俺たちも中で話を聞きたかったなあ」と言うのであった。これまでの運動の成果が目の前で結実するさまを私も彼らに見せてやりたかった。しかしそうした誘惑の前に彼らは自らの義務を果たすことを選んだのである。この会場に来てくださった人々すべてが心に誓っているのと同様に。 帰国された5人の方々の話から会は始まった。一人一人が私たちに支援の礼をいわれるのを聞いて私は席にいたたまれなくなった。曽我ひとみさんは未だ消息がわからない家族の方々の席にきちんと体を向けて言った。「前進して下さい。私も一緒についていきます」。にんげんの礼というものの美しさを私は初めてみた。義というものの強さを久々に見た。自らの母が亡くなっていたという夢を一週間前に見て耐えられなかったという話をされたあとでそうした行為ができる彼女や5人の方々に私たちこそ礼を言わねばならないのだ。会場はその思いに満ちていた。迂闊にも戦後半世紀この国のひとの道をキチガイの手にゆだねてしまったがために一人一人が置き忘れていたものを皆が思い出していた。その思いはあたかも会場を埋めつくす人々の毛穴すべてから吹き出して霧のようにフォ−ラムを覆い尽くすかのようで私は鳥肌が立つのを覚えるのであった。政治家たちは明らかに動揺していた。浮足だっていた。現職の防衛庁長官である石破茂氏がオノレへの制裁を口にするのを聞いてあのキチガイ豚は笑っていることができたであろうか。恐らくひとつの会場においてこれほど自分の名を繰り返し出されて罵倒された経験はなく報告を受けた金豚は卒倒せんばかりに怒り狂ったであろう。石原慎太郎氏。安部晋三氏。日本きってのカンのいい政治家たちのことである。何が起きようとしているのかを彼らは知ったに違いない。それでもおそらく恐ろしくて口には出せない彼らに代わって私が書く。そこで起きていたのは政変への胎動である。この問題への対応を間違えれば日本国政府は倒れるという予兆である。もはや拉致問題はひとつの拉致問題ではない。戦後ずっと騙され抑圧されてきた人々の志と義と倫がその出口を見つけて吹き上がろうとしているのである。私が煽動者であれば外に集まった1万5千人と共に街頭に出たであろう。組合のダラ幹や法華に動員されての人数ではない。ひとりひとりの意志でかくも熱い魂の集団がひとたび国会議事堂に向えばそれは安保負け狗闘争とは違うということを証明し得たであろう。さきほどからラテ欄を見てワイドショウがまだ大会より白キチを先に扱おうとしていることに私は驚愕している。メディアよ。しっかりと目をあけないと大会で繰り返し指摘された戦犯どもと共に貴様らも吊るされると知れ。 |
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勝谷誠彦様 サイト:5/8の日記より(転載の許可を頂いています)
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| 鉾先が違うでしょうに | |
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某月某日(実は5月7日)、東京国際フォーラムへ。北朝鮮拉致被害者の家族連絡会や救う会の主催による国民大集会に参加するため。 |
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石渡嶺司様 サイト:大学でGO (転載の許可を頂いています)
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| 国民大集会レポート | |
| 蓮池透さんによれば、2万人の老若男女が参集されたとの事です。 主催団体のひとつである拉致議連の平沢勝栄さんは、 「武道館で開くべきだった。申し訳なかった。」と、お詫びの言葉を述べられていました。 幸運にも会場に入ることが出来た私達に、 場外の仲間とご挨拶するために中座したことを詫びてくださいました。 同時に起こった空気の裂けるような拍手は、 おそらく場外の仲間に向けてのエールであったと信じます。 ーーー国民大集会進行表ーーー 開会 櫻井よしこ(司会、ジャーナリスト) 開会の辞 横田滋・家族会代表 挨拶 地村保志 地村(浜本)富貴恵 蓮池薫 蓮池(奥土)祐木子 曽我ひとみ 来賓挨拶 石原慎太郎・東京都知事 安倍晋三・内閣官房副長官 中山恭子・内閣官房参与 チェ祐英・拉致被害者家族協議会会長(韓国) 金聖浩・朝鮮戦争拉致被害者家族協議会理事長(韓国) 安明進(元北朝鮮工作員) ノルベルト・フォラツェン(ドイツ、医師) ブラウンバック上院議員(米国、ビデオ出演) 報告 荒木和博・特定失踪者問題調査会代表 主催者訴え家族会から20名程度 拉致議連幹部 声明 地方議員の会幹部 閉会の辞 佐藤勝巳・救う会会長 合唱 ふるさと 閉会 ーーー主催ーーー 北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(代表:横田滋) 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(会長:佐藤勝巳) 北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟(会長:中川昭一) 北朝鮮に拉致された日本人を救出する地方議員の会(会長:土屋たかゆき) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 会場では、たくさんのボランティアと思しき方々が、 熱心に働いておられ、その姿に一礼して帰ってまいりました。 ブルーリボンバッチの即売も行われておりました。 (一個500円でした。) 私にとって一番印象に残ったのは、 現閣僚の一人である某氏(上に実名の出ていない方です。)の、 国土と国民を守ることが国の死命でなくて何だ!←申し訳ないのですが、意訳かもしれません。あまりのことに実際の言葉を忘れました。情けない。申し訳ない。本来の政治家にとって言葉が命であることは、重々存じ上げているはずですのに。某氏のお名前は、ご本人かtrycompさんのお許しがあれば、是非とも書かせていただきたいのですが、情勢が不穏当な今日、私独りの判断で公表すべきではないと考えております。 曽我さんは、帰国して初めて、お母さんも一緒に拉致されていたことを知ったそうです。ああ。やっと、お母さんに会える、夢みたい。 と思って、やっと踏むことができた日本の土。 その直後に、自分と同じように自由を奪われたお母さんを知った。 拉致は、人々の心の中で、何度も繰り返されているのだ。 いたましいという言葉だけでは、まったく足りない。 石原知事は、要求をしなければ拉致問題が解決することは無いと、 おっしゃっていました。 悲しいのは確かだ。 だが、日本で互いに悲しがっているだけでは、誰も帰ってこない。 現在北朝鮮関連の団体には、何故だか、国交のある国の在日公館同様の非課税措置がとられているとの事です。 「東京都は、必ず彼らに課税する。」と、約束してくださいました。 ←課税をするということは、言うまでもありませんが、経済的査察(人とお金の流れをチェックする)をするという事に他なりません。みせてごらんあそばせ。抵抗必至。がんがれ慎太郎! 韓国の方々が、私たち同様、各々の立場で心情を知らせてくださいました。 チェさん(ごめんなさい。フォントを持っておりません。)。 金さん。 このお二人は、なんと、日本語でスピーチをされました。 韓国から今日のためにおいでくださった方々は、総勢10名余りでした。 ←韓国での拉致被害者の数に比べて、 日本での10名は少ない数字かもしれません。 だけど今の韓国での拉致被害者家族は、 かつての横田さんたちのように、孤立無援なのです。 想像力を働かせてくださいませね。あなたの実生活と検証しながら。 会場では、彼ら一人一人の紹介のあと、 場外の仲間に向けた拍手と同じ、韓国へのエールが送られました。 安明進さんに関係者の方々から贈られた感謝の言葉には、 それはそれは考えさせられるものがありました。 フォラツェンさんは、北朝鮮の少年の写真を掲げて、熱く語られました。 彼の発言は、徹頭徹尾、人権尊重そのものでした。 具体的に伺うことはできませんでしたが、 拉致議連には様々な嫌がらせ行為が行われているそうです。 社民党、共産党を除く超党派、 20名余りの国会議員がおいででした。 (個人的には、なんで無所属の方がいないのかなー。と、偏屈な感想を抱きました。) 地方議員の会を代表した、土屋さん。 「なぜここに小泉首相がいない?!!なぜ外務大臣がいないんだ!!! ←説明は、蛇足に過ぎないのでは。。 急遽中央アジアから帰国された中山参与はじめ、 数多くの方々がそれぞれの立場で口々に訴えておられたのは、 私達だけではできない。 私はもちろん頑張ります。 だけど、いくら頑張っても私たちだけではできない。 どうぞ、お願いします。 ひとりひとりの力をお貸しください。 お願いします。 会場の観衆に向かって、二人の方が訴えた言葉があります。 これだけの方々の中には、朝鮮総連のエージェントもいることでしょう。 あなた方にいいたい。 金正日と、飢えている国民と、どちらをあなたは大切に思うのですか? 今、拉致のいきさつを告白すれば、英断です。 金正日が実権を失ってから告白すれば、それは自白にすぎません。 今夜、ゆっくり帰ってから、一晩考えてみてください。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 以下は、全て私の所感にすぎませんので、 ウゼーと思われる方はどうぞ無視してくださいませ。 私たちの国が抱えるものは、いまだに重いです。 わたし独り、国の体を成すことはできません。 だから私には、勝算なんか、ないです。 それでも、まだできることがある。 まだ信じられる自分がいる。 あなたは、あなたを生んだ土を、愛してるのではありませんか? 他に、帰れる場所はありますか。 他に、あなたの血肉となっている文化がありますか。 今の国のあり方があなたにそぐわないなら、 変えてやろうではありませんか。 それができてこそ、私は初めて国民としての誇りをもてるのだと信じております。 あなたは、どうですか。 今現在、選挙権があるかないか、税金を納めていられるかどうか。。 個々の事情は、勿論あるだろうともさ。 痛ましい事情は、私自身、知っている。 (思いがけず、教えてもらった。泣いた。だけど、それだけでいいのか。) <社会に参加している>と自覚している人間には、 自分個人の責任を感じている人間には、 不特定多数他者の評価なんぞ意味が無い。 ただ自分が充分に責任を果たせているかどうか。 自分に恥じることは無いか。 それだけです。 それこそ日本の自然の流れであると、私は信じます。 喧々囂々なんでもござれ。 それでこそ民主主義でございますとも。 それを可能にするために大切なことは、 「喧々諤々」を許容できるルール作りです。 <手をつないでゴール!>ではなく、 <言ったもん勝ち!>でもない。 自ら自己責任を負ったものを評価できるルール。 今の日本には、残念ながらないものだ。 拉致問題をきちんと解決できるなら、、 その過程で国のあり方が国民に明示されるでしょう。 やむにやまれぬ無数の瞳が、(眠い目をこすったり、虫眼鏡を使ったりしながら)、 政治の行方を息を呑んで見守っています。 この瞳たちの力を、信じたくはありませんか? 国民が納得する形で拉致問題が解決されれば、 同時に、経済、ものづくり、教育、食糧問題、燃料問題、etc.. いろんなジャンルの整合性がとれるでしょう。 今こそ、国民の力でコミュニケーションギャップを克服しましょうよ。 私たち個人個人が持っているものには、間違いなく意味があります。 小泉さんの表現を超える実感が、生活者には在ります。 文才なんか、魂の言葉には及びもつかないものです。 また、二項対立の評価から得られるものは、堂々巡りです。 他者の言葉を大切に聴き、 自分の言葉を他者の言葉と同等に大切にできる人間が、 今求められています。 正義と信じうるものを、自ら悔いのないようにみつけるのは、難しいです。 だけど、考えてみてくださいな。 自分ひとりの人生でさえ、小さな私は一生かかっても負いきれないかもしれない。 いくら願っても勝算なんかない。 だけど、今私たちが仲間を取り戻したいと願って、歩いたことは現実であります。 勝算のないあまたの方々の願いが、結晶となりました。 昨夜集まってくださった無数の方々の気概が、 拉致被害者、ご家族、運動を支えている有名無名の仲間だけでなく、 私への応援歌でもあります。 ありがとうございました。 |
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なおこ様(投稿)
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| 10000分の4000の風景 | |
| 七日、東京国際フォーラムで「第5回国民大集会」が開催された。 当初、主催者側は5000人の参加があれば上出来、と踏んでいたようだが、けっきょく、10000人が集まった。5000人を収容するメインホールは開場から間もなく一杯となり、さらに1000人が中継室へ誘導されると、約4000人が、長い廊下に取り残された。 友達の幻九郎と俺は、その4000人の先頭グループで足踏みしていた。七日の都心は蒸し暑かった。ぎっしりスシ詰め状態の群集は、あたかもナチス収容所のガス室に送り込まれた哀れなヘブライの民である。 「我輩が遅れてきたばかりに、すまん」 いつになく、幻九郎のこうべは低い。しかし、昨夜からの頭痛を冒して、中目黒の自宅から有楽町へ駆けつけた彼の心意気に、なじるべき言葉はなかった。さらに付け加えれば、こうした集会は、少なくとも一時間前までに会場入りしていないと席の確保が難しいケースがままある。今回などは、その典型だった。場慣れしているはずの俺が、事前にその旨、幻九郎に告げていなかったのは、大いに反省しなければならない失態であろう。 高い湿度と気温。おまけに極端な人口密度が軽い酸欠状態を惹起して、群集の苛立ちが噴出し始めた。 後ろのほうで、場内整理の若い職員がなじられた。 「いったい、いつまで待たせる気だ?もう、二時間もこうして並んでいるんだぞ」 二時間だって? 発言者よりも前にいる俺や幻九郎だって、まだ四十分しか並んでいない。省みると五十代半ばのそのオヤジ、同年輩の男女四、五人を背後にしたがえて、自分の息子くらいの職員に詰め寄っている。 「主催者は何を考えているんだ。おまえじゃ話にならんから、誰か呼んで来い」 なんか、おかしい。ここにいる人たちは、二十数年間、最愛の家族と不条理に引き離されている人々を励まし、問題解決の知恵を絞るため来たのではないか? よしんば二時間の待ちぼうけであったとしても、二十年の風雪を思えば、それが一体なんだと言うのだ? すると、俺たちの真後ろにいた別の一派が、手近な青年をつるし上げはじめた。 「帰るよ、こんなことやってんじゃ・・・」 おっさんは、六十歳くらいだった。近頃の爺婆は堪え性がなくて困る。俺が嫌味のひとつでも言っておこうか、と決めかねていると、おもむろに幻九郎が、いつものムッとした面持ちで、おっさんをにらんだ。 「帰ればいいじゃないか」 助太刀と勘違いしたのだろう。無防備な若者に敵愾心を燃やす高圧的なおっさんは、 「ねえ」 と、心得違いにも、幻九郎の同意を求める。 「帰れよ、てめえ」 出鼻をくじかれ、笑顔を引きつらせたまま、おっさんは、まもなく姿を消した。 「あいつら、きっとプロ市民だな」 幻九郎は、さらりとコメントした。敵は北朝鮮なのである。にもかかわらず、こうして会場に入り損ねた来場者の不満を主催者に向けさせようとするアジは、全共闘世代の時代遅れなお家芸である。見渡せば、文句を言っているのは、ほぼ例外なく、五十歳から六十歳の団塊バカだった。 「あたしら、せっかく千葉から来たのにねえ」 あいだが抜け、押し出される格好で、後ろに来たおばちゃんの二人連れが口をとがらせて零す。この見るからに教養に乏しい連中は、おそらく普段テレビで見ている拉致被害者や家族会の実物を、芸能人と錯覚し、一目見てやろうと物見遊山気分でやって来たに違いない。少なくとも、権利意識丸出しにブイブイ言っている連中は、これまで、この種の集会で見かけたことのない顔ぶれだった。 家族会が結成された平成九年当時、俺はタイにいた。根源的な認識の違いゆえ、適度に距離を保ちつつ、それでも少なからず友人たちが関与していた「救う会」の会合には、一時帰国が重なると顔を出し、いつもスカスカな会場を幾度か見てきた。某地方支部のポスター貼りを手伝ったこともあった。「・・・ええ、お気持ちはわかるんですけどねぇ。うちは商売やってますんで、こういう政治的なモノはちょっと・・・」。そう言って、「右翼集会」への協力を断る人も多かった。霙の降る川崎の駅頭で、支援を訴える横田さんが総連のやつから生タマゴを叩きつけられる姿も目撃した。ほとんどの通行人は無関心だった。また、三百人を収容する会議室に、八十人ばかりが集まり、「今日は盛会だった」と胸を撫で下ろす主催者もいた。・・・あまり考えたことはなかったけれど、俺も、けっこうこの運動に関わっていたようだ。 そして今回、たった八十人の動員に腐心していた人々が、五千人の動員に挑戦した。よもや、一万人が押しかけるなど、誰が予想し得ようか。 「客捌きの段取りが悪い」とわめいている連中は、今までの苦しく、孤独な闘いを、まったく理解していない。いい年こいた大人が、どうして大入りの主催者を素直に祝福してやれないのか? 扇動が意図的でないとすれば、腹立たしい限りの無知、無神経、そしてエゴイズムである。 そうするうちに、西岡さんが「お詫びと釈明」に現れた。 俺はプロ市民ではないが、元ゲリラである。逆扇動と心底、祝福の意をこめて、ひとり、西岡さんに拍手した。 挨拶が済むと、幻九郎も拍手する。そして、俺の右手にいた美人系の女子高生、すこし離れた位置では、紺色のTシャツをまとう二十歳代の青年が、主催者の労をねぎらい、拍手をはじめてくれた。あれよ、これよと見回すと、ほうぼうで拍手が起こる。観察すると、手を叩いているのは、若い人が圧倒的に多かった。素朴に嬉しく、未来へ希望をおぼえ、そして幻九郎が遅れてきてくれたことに、心から感謝した。上首尾に会場入りしてしまっていたら、品性の対比と言うべき、二世代の鮮やかな差異を目撃することは叶わなかったのだ(どーせ、式次第やら、スピーチの内容はおおむね想像がつくしね)。 しっかし、佐藤さん! 方便とは言え、あんなこと、ぜ〜ったい言っちゃダメだよ。 「・・・えー、必ず、半年以内に、もう一度、拉致被害者の救出を訴える集会を開催しますので」 とは???? 修正案は、以下の通り。 「この集会は、今回でかならず最後にします。半年以内に被害者全員の歓迎式典を開催しますので、みなさん、ぜひ来てください」 |
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黒象様 サイト:黒象会館(転載の許可を頂いています)
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| 日本国民と金豚との闘いは始まったばかりだ | |
| 拉致被害者5人の中の挨拶では、曽我さんの「お母さんに会いたい」という言葉に重みがあった。曽我さんは被害者であると同時に、母親を拉致された被害者家族でもあるのだ。 石原慎太郎・東京都知事の「都として出来る限りのことをする」、安倍晋三・官房副長官の「拉致問題に落としどころなどない」という発言は心強いかぎり。石原知事の発言の中で驚いたのは、吉田康彦も勤務する大阪経済法科大学の建物が、固定資産税も払わず都内に存在していること。 当日、会場に足を運んだ北および総連のスパイ、エージェントへ向けた荒木和博・特定失踪者問題調査会代表の呼びかけが良かった。今のうちに北から離れないと、彼らは「テロ国家の走狗」として歴史に罰を与えられるだろう。そして「家族会」のアピールには、思わず目頭が熱くなった。拉致問題の解決に、北の独裁体制の崩壊が不可欠。そのために北の非人道的な行為を世界中に知らしめ、国際社会が圧力をかけねばならない。これからも、私たちも闘っていかねば。拉致問題解決のために、一人でも多くの国民の理解と支援が必要なのだ。会場の外で奮闘しておられたR−NETの方々は本当にご苦労様でした。 |
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AKI様 ニッポンからの通信:いいかげんにしろ(転載の許可を頂いています)
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| 国民大集会で感じたこと | |
| わたしは「遅れてきた青年」ならぬ「遅れすぎたオッサン」でした。あの衝撃的な9月の日朝会談、そして10月の5人の拉致被害に遭われた方々の帰国まで、この問題にまったく無関心な人間でした。それまでも、国家だの政治だの安全保障だのと日記に書いていながら、この国家というものの本質を根元から問い質さずにはおかない問題について、それを考えたことすらなかった人間でした。わたしは、拉致問題が大きく取り上げられるに及んで、ご家族の方があれほど熱心に運動を続けられていたにもかかわらず、それを知ろうともしなかった自分の無関心と惰弱に愕然としました。 昨日、集会でのご家族のさまざまな発言を聞きながら、わたしは涙を止めることができませんでした。地村さんのご父君の「誰がいったいこの問題を放置してきたのか」との問いに、会場から同意を示す万雷の拍手が送られていました。でも、わたしはどうしても拍手をすることができずにただ涙してうつむくばかりでした。そうです。政府や官僚やマスコミだけではありません。その問いかけはわたしにも向けられてしかるべきだったからです。わたしにも大きな責任があったのです。わたし自身の同胞、いやあえて「はらから」と書きましょう、はらからを奪われたご家族。そのご家族の涙の訴えを、その無念をいままでなぜ知らずに来てしまったのか。わたしは深い後悔の念を覚えずにいられませんでした。 けれども、横田さんのご母堂は「みなさん来てくださってありがとう」とわたしたちに向かって涙してくださいました。「お礼なんていわないでください。僕の方こそ謝りたいのだから」とわたしは大きな声で叫びたかった。わたしの力なんて微々たるものかもしれない。でも、わたしは心の中で再び固く約束しました。わたしは、決してあなた方を、囚われのあなた方の肉親を決して見捨てることはしませんと。わたしは、あなた方とあなた方の肉親のためにこれからも自分でできることを必ず続けていきます。あなた方もあなた方の肉親も、わたしのはらからなのですから。 会場にいらした皆さんもそうでない皆さんも、東京にお住まいの方も地方にお住まいの方も、その思いは必ずやひとつのはずです。わたしはもう泣きません。次に流す涙はその日まで取っておきます。わたしたちのはらからをひとり残らず取り返す日まで、羽田空港のタラップで迎える日まで、一緒に手を携えて闘いましょう。わたしは決してくじけません。 |
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安田隆之様 殿下さま沸騰の日々『てめーらなめんなよ』(投稿)
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| 本当の戦いが”今”始まった。 | |
| 珍しく(?)蓮池さんのお父さんが強い調子で北朝鮮の非道さと日本政府の弱腰を非難されていた。「一言だけ」と言いながら、長くなりそうになり、蓮池さんのお母さんがたしなめようとして、会場はドッと湧いた。 実は私の両親と蓮池さんの御両親は失礼ながら似ている部分が有り、私にとってはほほえましい場面でした。会場も厳しい雰囲気の中にも、何か和んだ1シーンでした。 蓮池透さんはたぶん、場外の数千人の方を前に御詫びの演説の後だった為もあり、珍しく声が高揚されていました。それだけ国民のパワーを目のあたりに感じた為でしょう。彼らは長い長い間、孤立無縁の戦いを強いられてきたのですから多少声がうわずるのは当然です。 本当の戦いが”今”始まった。 そう思います。 |
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moone様(投稿)
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| 「拉致はテロだ!」国民大集会レポート 1億2千万分の20000人 | |
ムギ様の当日の詳細なレポートを是非お読み下さい。臨場感溢れるレポートとなっています。 また、去年のワールドカップの韓国の判定疑惑に抗議したイベントのレポートも必読 |
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ムギ様(リンクの許可を頂いています)
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| いつまでも心にとどめ、解決の日まで | |
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ぎりぎりで会場に入れました。まもなく始まるとのことで慌ててカンパをしたら、今まで見たことのないタイプのブルーリボンを頂きました。ホームページに貼られているリボンがくるりとひと巻きしている形です。 |
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ももこ様(投稿)
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| 大集会レポ(ボランティア) | |
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7日の大集会、私も参加してきました。 当日の朝、福井を出、14時に東京駅に着きました。数日前からの天気予報では7日の東京地方は雨となっていたのですが、そのとき、風は強いながらも雨は夜の間は降らなさそうだな、と感じ安心しました。平日の夜、しかもG・W明けということもあるので、天気如何によって、人の動きに動きがあると思ったからです。 |
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ごいち様(投稿)
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参加レポート集 vol.2 『国民大集会 入場ならず されど 参加せり』