「北朝鮮を考える県民シンポジウム」

日時:平成16年5月23日 
場所:りゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館コンサートホール)
主催:新潟日報社

講 師:横田早紀江さん

 

横田早紀江さん

 小泉総理がいらっしゃる時は、本当にこの拉致問題が全面的に解決に向かう時、その時にこそあちらに行っていただきたいと私どもは思って、お願いをしておりました。けれどもあっと言う間に、小泉さんは突然22日に行きますとおっしゃいました。
 もうびっくりしました。けれども非常に自信のあるお顔立ちで、私が行かなくては、という声を聞いておりましたので、これはよっぽど私たちの見えない水面下で北朝鮮との間で色々な事が話し合われて、藪中さんと面会した時も、うんと突っ込んだ話し合いが出来ているんだと私たちの前でおっしゃっていましたので「ああやっぱり一生懸命やってくれてるんだ」と思っておりました。それでどういう風に突っ込んだ話が出来たんですか、とお聞きしましたが藪中局長はそれは外交の色々な問題がありますので、皆様の前ではっきりと今言うことは出来ません、とおっしゃいました。平沢さんとか山崎さんの奇妙な訪朝の、北京での話とかがありました。私は一体何がどう動いているんでしょう?と思って、みんなと話し合いましたけども、今回の動きには本当に不可思議なことが多くて、どのような人がどのように動かれて、あちらでどのように交渉がなされていたのか、ということは誰もわかることが出来ませんでした。
 
 そして不安の中で小泉さんが行かれることになりました。私たちはもう行かれることが決まったのなら、小泉さんに本当にがんばっていただきたいと思って、前日に小泉さんにお会いしたいと申しましたけども、いつも小泉さんはお会いすることが出来なくて、会っていただけませんでした。そして細田官房長官にぜひこれだけは小泉さんにお伝えしてくださいと、それぞれの家族が一生懸命にお伝えしてくださいとお願いをしました。
 私は400万名の署名が集まり、国民の方々が本当にこの拉致問題解決のために一生懸命に今○○○して下さるようになりました。そして帰って来られる方、本当に一日も早く子供たちが帰ってきて欲しい。私たちみんな喜んでおりますけども、その子たちと一緒にまだ未帰還の人たち、10名の人たち、もっともっともっと見えない人でも向こうで残されている人たちがまだいるのなら、そのような人を小泉総理はただ交渉に行かれるだけでなくて、本当に怒りを持って、あちらの手のひらに乗せられるのではなくて父親として、一人の人間としてやっと向こうの総書記と会える、そのチャンスを逃さないで怒ってください、と。本当に、心の声を、家族の声に応えてください。そしてそのことが解決しなければ、全ての拉致された人が日本に帰ってくるということが立証されなければ日本は国民の総意として何一つ動かすことは出来ません、とおっしゃってください、と申しました。
そして支援はそのことが出来上がった後に喜んで差し上げますし、そしてそのことが出来なければ経済制裁、船舶入港禁止というようなことをはっきりと発動させていただきますがよろしいでしょうか、とはっきりと言ってください、と申し上げてきました。もうみんな命がけで私たちは闘ってきましたから、小泉さんも一国の首相として命がけでこの問題に毅然として対処してくださいと、みんなで言ってきましたけれども、昨日の訪朝の時の小泉さんの交渉のあり方を見ている時に、あっという間に午前中に交渉が終わってしまいました。

 私たちは、どうしてこんなに早く終わったんでしょうね、とみんなテレビを見ながら言ってました。私たちが一生懸命お願いしたから、もっと前から一生懸命ここで解決しなくてはだめなんだと、きっと思って色々な形で水面下で交渉して下さって、色々なデータを持ってあちらの人に言ってくださったに違いないから、だからこんなに早く終わったんでしょうか、と私たちは希望を持っておりました。けれども政治の色々なことの中で動く、そのような私たちに見えないことの中で何かが動いていってるのかもしれない、という思いを言う人もたくさんいました。私たちはどちらにしても何もわかりません。けれどもこんなにたくさんの日本人が、しかも日本の私たちが一生懸命に育てた、日本のために何とか役立つようになってほしいと育ててきた子供たちが、何も悪いことをしていないのに、大根を引き抜くように袋に入れられてあちらの国に連れていかれて、26年間も毎晩監視をされて、金正日総書記の、金正日ファミリーの中で、子供たちの日本語教師をしているとか、色々なことを聞かされますが、どれが本当のことなのかわかりません。何にもわかりません。あんまりむごいことを考えると私たちはもう涙と苦しみの中で、あの新潟時代の時のように倒れてしまうかもしれません。活動も出来ないようになってしまいますから、めぐみちゃんは鬱病になったままでどこかで暗い○○を歩き回っているのかなとか、そのようなことを考えるともうやっていかれません。だから、きっと金正日総書記のファミリーの中であっても、日本語教師をしているんであっても、とにかく元気で日本の国が助けてくれるまで、毎日、お月様を見て、明日来てくれるかな、まだだめか、明日か、と待っていると思うんです。そのようなことを小泉総理は心に秘めて絶叫するように金正日に迫ってくださいと言っていたことをしてくださったのでしょうか。

 私は、私が行かなければこの5人の子供たちは帰って来ませんでした、私は成果があったと思います、こうやってこれからもねばり強く調査をしますというようなことをおっしゃいましたが、家族の者はみんな怒りの声で、こんないい加減なことをやっている総理はもう辞めてください、という声もありました。日本の国は本当にどうなってしまったんでしょうか。こんなに長い間、まだ子供たちは北朝鮮で日本の助けを待って、泣き続けなくてはならないのでしょうか。

 お父さん、お母さんがみんな元気でいらっしゃる間に、半年遅れてももう会えないのです、二日遅くてももう会えないのですから、命がけで取り返すという気概を持って国が動いてくださらなければ全部を取り返すことは出来ません。

 どうか皆様、私たちは本当に何をしていいのかわかりません。やっと世論が大きくなり、私たちの運動が盛り上がって、ようやく積み木が高くまで積まれた段階で昨日まで来ていました。ああ、ここで総理が立ち上がって下されれば、頂点に総理が立って、そして取り返すために動いてくだされば、と思っていた積み木が、がらがらと崩れてしまいました。一番下の積み木がしっかりとまだ残っていますけれども、この積み木を踏み台にしてもう一回私たちは積み上げていかなければなりません。けれどもあきらめません。

 子供たちのタラップから降りてくる姿を見るまで、昨日の地村さんや蓮池さんのお孫さん、本当に素晴らしい、元気な、素晴らしいお子さん方が帰って来られました。キム・ヘギョンちゃんもあのように元気でテレビに出ています。昨日私は、もしひょっとしてキム・ヘギョンちゃんが一人でお爺さんとお婆さんがきっとまた来てくれるかもしれないと思って空港に立っていたらどうしようと思いました。私たちは今すぐあの人に会うことは出来ませんということを外務省に言ってありますので、連れて帰ってあげることも出来ませんので、あの子が好きそうなくしとか、小さな○○のついた服と小さなビーズで出来た可愛いブローチとくまの可愛い親子の人形を袋に入れて送ってあげたりしました。もし空港にキム・ヘギョンちゃんが立っていたら、(泣きながらで聞き取れず)これはお土産ですよと渡してくださいとお渡ししました。来ていなければ持って帰ってください、と託ししましたが、まだ小熊さんにお会いしていないので、どうであったかはわかりません。

 この拉致という何とも言えない残酷な国家犯罪を、それに向かって私たちはがんばります。どうか日本の皆様も、新潟の皆様も、この問題の解決されない限り日本を本当に日本として、しっかりとした素晴らしい日本としてやっていくことは出来ないと私は思っています。今なおまだ総理がそのような淡々とした○○○でしか出来ない、この状況を本当にどう考えていいのか、私はわかりません。もう声が枯れて出ないんですけども、ようやく今日、お話をする機会を与えていただきましたので、皆様に本当に、○○○出来ませんけども、どうか本当に一つ心になって、私たちの、めぐみちゃん達、多くのこの拉致被害者があちらに連れていかれた○○○の中で、あの人達も耐えてがんばっています。本当に「故郷」にありますように、使命を終えて、錦を飾って、みんながこの国に帰ってくることが出来るように、どうか力強く私たちの力になってくださいますようにお願いをいたします。本当に今日はありがとうございました。(拍手鳴りやまず)


 

他にも各地での集会・講演会レポートがございます