
| 人権・家族そしてマスメディア ――拉致問題から考える・蓮池透氏講演会 日時:平成15年6月28日 場所:大阪・清風学園 |
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蓮池透・「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」事務局長の講演 はじめに 若い人が拉致問題をしっかりと受け止めてくれて、嬉しい。この問題には、中・高校生は関心を示さず、自分の生活のエンジョイしているのではないかなと思っていたが、そういう人ばかりではないと分かり、力強い気持ちになった。 これから私は悲観的なことばかり言うかもしれないが、悲観的なことは、反面教師にしていただきたいと思う。日本の現状を率直に話し、我々がどのように国に扱われてきたか、正確に話したい。それがどういうことかを、みなさん1人1人に考えて頂きたい。
我々家族にとっては、25年以上たって、もう残された時間はない。小泉総理の訪朝から9か月以上たったし、5人の拉致被害者が帰ってきてから7か月たったが、その後、事態は一向に進展していない。彼らは日本政府を信頼して、自分の子どもや家族が帰ってくるのを日本でひたすら待ち続けている。しかし、彼らの頑張る気持ちにも、限度があり、相当に疲労、疲はいしている。20数年間、北朝鮮に連れて行かれて、日本政府にも見放されてきた訳だが、この場におよんでもまだ日本政府を信頼して、家族を待つということだから、一刻も早く家族を取り戻してほしい。 死亡と伝えられた8人については、その裏づけは極めて杜撰だ。8人の家族は、安否が分からなかった(2002年)9月17日以前にも増して辛い日々を送っている。一日千秋の思いで、「今日は何かあるのではないか」と苦しい日々を送っている。70歳を越えた家族もおり、日々衰えていく。人間はいずれ死ぬのが自然の摂理だ。こういう膠着状態が続くと、うがった見方をすると、そういう家族がみんな死ぬのを日本政府は待っているんじゃないかという気さえしてしまう。
(帰国した)5人は拉致されて帰ってきたが、今度は自分たちの子供や家族を北朝鮮に拉致されている。新たな拉致が起きている状況にある。家族は気が気ではない。死ぬ前に一目会いたいという気持ちだ。私たち家族にとって、残された時間は少ない。 9月17日の日朝会談でこの問題は大きく転換した。それまでは、拉致問題は「拉致疑惑」「でっち上げだ」などと言われ、一部の人には余り真剣に受け止められてこなかったのは事実だ。ところが、9月17日に「拉致被害者なんていない」と言っていた北朝鮮が態度を一転させ、「実は拉致はあった。5人は生存し、8人は死亡した」という情報を伝え、謝罪したという。北朝鮮は現実主義、その場さえしのげればいいという考え方が強い国だ。これは、もう日本に泣きつくしかないということで拉致を認め、日朝国交正常化をして、経済支援をしてもらうという考え方だっと私は考えている。
9月17日で拉致は初めて明らかになったが、あの時点で拉致問題を終わりにしてしまおうといった作意が伝わってくる。今まで不作為できた政府・外務省が作為的なことを9月17にやろうとしたと感じている。 9月17日は、家族は全員、衆議院の議員会館に集まり、報道を注視していた。午後になって、外務省が「ただちに飯倉公館(外務省の迎賓館のようなところ)に移ってほしい」と言ってきた。「全員の情報がなければ行かない。そうでなければ、記者の人と一緒にここに留まる」と言うと、外務省は「全員の情報があるから、来てくれ」と答えたので、午後3時に渋々、飯倉公館に移動した。 行けば、北朝鮮と回線がつながっていて、直接に情報がもらえるのではないかと思っていたが、外務省は部屋のテレビさえつけてくれないので、頼んでつけてもらった。午後4時になってNHKテレビが9人生存の情報を流し、その後、テレビは数人に訂正した。さらに、4人ということになり、我慢できなくなって、外務省の人に「何でテレビの方が(情報が)早いんだ」と聞くと、「家族に関係する重大な問題だから、詰めと確認をしている」と答えた。 それから、ようやくして、横田さんのご一家が別の部屋に通され、外務副大臣からはっきりした口調で「めぐみさんは亡くなられました」と断定された。「なぜですか、病気か事故ですか、いつ、どこで」と聞いても、「分かりません。とにかく亡くなられました」という死亡宣告をされた。そのあと、有本さんらも呼ばれ、最後に私や地村さんらが呼ばれた。 「我々家族会は5年も6年も一緒に活動してきて、一心同体で1つの家族みたいなものだから、そんなバラバラに話さないで、一遍に情報を伝えてくれ」と言うか言わないかのうちに、福田官房長官は「黙って聞け」と言った。「お宅の家族は生きている。だから、いいだろ」という言い方をした。そういう風に聞こえる言い方をした。 「じゃ、めぐみちゃんはどうしたんですか」と聞くと、「残念ですが、亡くなりました」とはっきり答えた。我々家族会は一蓮托生でやってきたので、自分たちの家族だけが生きていても、諸手を挙げて喜ぶ気持ちにはなれなかった。そこで、我々はなぜ、「5人生存、8人死亡」と断定されたのか疑問だった。というのは、その根拠がまったくないからだ。 横田めぐみちゃんの死亡については、イギリス公使の梅本さんがピョンヤンで確認してきたという話が伝えられた。私は官房長官に「どうしてマスコミの方が、我々に伝わるよりも(話が)早いのか」と聞くと、官房長官は「私はマスコミに言ったことはない」という大うそをついて、我々をだまそうとした。 メディアも政府が発表している訳だから、鵜呑みにして「5人生存、8人死亡」と選挙の当落結果のように、写真付きで、号外まで出した。
これを既成事実化しようとしたのは見え見えだった。なぜそうしたかを考えると、8人は死んでおり、かわいそうだから葬式を出しなさい、5人は北朝鮮にいるのだから、会いたければ北朝鮮に会いに行きなさいということで、この事件を終わらせようとした。これで拉致事件は終わり、さあ次は日朝国交正常化だというシナリオが、少なくとも外務省の一部の人間の中にはあった。 このシナリオにのって、小泉総理はピョンヤン宣言に入った。この宣言には、日本が悪うございます、経済支援をしますなどと書いてあり、拉致の「ら」の字も書いていない。金正日が拉致を認めて謝ったと言うが、それを聞いたのは日朝首脳会談の密室にいた何人かだけ。その通訳が間違っていたらどうだったのか。未だに、何て言って謝ったのかは全然伝わってこない。私は彼の意思で拉致は行われたと思っているが、彼は「一部の盲動主義者がやった。そういう人間は処罰した」と言う。 後で聞いたことだが、我々が不思議に思ったのは、13人の情報は、午前中に北朝鮮から外務省の田中審議官、当時の田中局長に口頭で伝えられたということだ。それを田中さんは総理に口頭で伝えたという。総理は13人のことを、中でも13歳で拉致された横田めぐみちゃんが亡くなっているという情報を耳にしたのなら、そんな国とは話は出来ないと席を立って帰ってくるべきだと思った。 そんな情報は午前中に分かっていたが、我々に伝えられたのは、午後4時過ぎになってからだ。その間に何が行われたのかというと、小泉総理がピョンヤン宣言にサインしていた。我々がなぜ、飯倉公館に連れて行かれたかというと、我々が議員会館にいて、この情報を聞き、騒ぎ出すと、小泉総理がサインしにくくなる。だから、我々をいわば軟禁状態にして、マスコミから遠ざけて、飯倉公館に2時間ちょっと、いさせたのではないか。 9.17では、「5人生存・8人死亡」ということで(拉致問題を)終わらせようとした。それは北朝鮮と外務省の一部の人間が考えていたことだったと思う。
9月18日に、我々は(横田めぐみさんの死亡をピョンヤンで確認したという)梅本さんに会った。横田さんは、どんなことがあっても動転しないと重大な決意をして行ったが、梅本さんの口から出てきたのは、こういう言葉だった。「ピョンヤンのホテルに、めぐみちゃんの娘さんという人が見えました。めぐみちゃんの面影はあるなと思ったが、『めぐみちゃんのことは覚えていない』ということの一点張りだった」。 めぐみちゃんにまつわる品物はあるかと聞くと、めぐみちゃんの二十歳の時の写真とバトミントンのラケットだけだった。 横田さんが「じゃ、梅本さん。どうやって、めぐみが死んだと確認したんですか」と聞くと、梅本さんは「私は確認なんかしていない」という。それでは、前の日の政府の話は何なんだということになる。 私の弟については、小学校、中学校、高校の名前、友達の名前を言ったが、全部当たっていた。それから、両足に交通事故の跡があるが、梅本さんは「その男性は足の傷を見せて、『これを見れば、家族はすぐに私と分かる』と説明した」と言った。「それでは梅本さん、それを見て、どう思ったのですか」と聞くと、「相当な傷で、大変な思いをされたと思った」と答えた。 私が言いたいことは、外務省は拉致された人間を探すのに、そういった情報を一切、持ち合わせていなかったということだ。拉致された人間を探そうというのならば、手掛かりとなることを詳細に集めておかなければならないと思う。それなのに、現職の関係ない公使が何の情報も持たずに、ビデオカメラもテープレコーダーも持たずに、面会に行った。「あなたは何しに行ったんですか」と聞くと、「私は行けと言われたから行った。客観的に見てきたことを、第三者的に報告しただけだ」と答えた。 我々は激怒して、「政府が断言した情報は実は北朝鮮からの伝聞情報だ、政府としては何も確認していないんだと訂正してくれ」と、外務省の課長に詰め寄ると、「田中局長が今、NHKテレビに出るから、NHKに電話して、訂正させる」と出来もしないことを言った。 埒があかないので、我々が話すししかないと思い、外務省の記者クラブに行って会見し、「昨日の政府の発表はあてになりませんよ」と言ったが、新聞、テレビはすでに「5人生存、8人死亡」とでかでかとやっているから、国民のみなさんは「8人が亡くなった」と思い込んでいる。新聞ではもう「命日」だとか「遺族」だとか書き、しまいには、ある著名なキャスターは「めぐみちゃんのご冥福をお祈りします」とまで言った。それは多分、死んだということを認識させるための作為的なものだったんだなと思う。
我々が抗議すると、外務省は突然、「拉致被害者の調査団を9月27日に送る」と言った。そして27日の午前中に、家族が集まっているところに外務省がやってきて、「みなさんにお願いがある。拉致された人の身体的特徴とか、肉親の名前とか、学校の名前とか教えてください」と言った。我々は呆然とした。出発の当日の朝に何をやっているんだ。あんたたちは25年間、何をやってきたんだ。そんな情報も知らなかったのかと。 田中審議官に「今まで25年間、何もやってこなかったことを謝ってください。拉致問題を解決しない限り、日朝の国交正常化はないということを明言しろ」と言ったが、田中氏は「我々は一所懸命努力しているから、それを認めてください」の一点張りだった。絶対に謝らなかった。官僚がよく使う「遺憾に思います」と言うことさえ言わなかった。 拉致問題を解決しない限り、日朝の国交正常化はないと言ってくれということに関しては「私は1局長なので、そうういことは言う立場にない」と答えた。そういう田中審議官は、小泉―ブッシュ会談で話し合われた(北朝鮮に対して)「対話と圧力」(で臨む)の言葉のうち、勝手に「圧力」の言葉を消した。 我々はしぶしぶ、調査団に情報提供をした。誰に会うのかと聞くと「分からない」、どこに行くのかと聞くと「とりあえず、ピョンヤンに」と答えた。 総理にお会いした時、「総理はご自分で死亡確認をされたんですか」と聞くと、総理は「あれは北朝鮮が言ってきた情報だ」と答えられた。それでは何で、9月17日に外務副大臣は「あなたの娘は死んでいる」「あなたの息子は生きている」とはっきり言えたのか。あの1日で、拉致問題を終わりにしたかったということだ。北朝鮮もその話にのった。そのシナリオが、我々がクレームをつけたことによって崩れてしまったから、(日朝の)関係がギクシャクしている。 一部の外務省の人間と北朝鮮の密約のシナリオが崩れてしまったから、あたふたして、さあどうしようかということで、今日現在まできている。そういうカラクリが、9月17日にはあった。
調査団が帰ってきた。さすがに、今度はビデオを撮ってきた。彼らが言うには、交通事故、溺死などで死んだ。いろんな年代に、いろんな場所で亡くなったとされている人に、1つの病院の死亡確認書が書かれていた。(すべての死亡確認書の)スタンプの欠けたところも一致する。生年月日も間違っていたりする。 松木さんに関しては、2回火葬したので遺骨のDNA鑑定は出来なかったが、鑑定した専門家は、歯の根元の深さなどから「60歳代の女性」と言った。私はやっぱりと思ったが、本物の人間の骨を渡す(北朝鮮の)神経が分からない。その60歳代の女性の人間としての尊厳、人格はどうなるのか。そうういことを平気でやる国だ。 5人については、ビデオに撮った。それを見ると、下向き加減で「会いたい。だから、(家族は)みんな北朝鮮に来てくれ」と言っている。後で弟(蓮池薫さん)に聞いてみると、「あれは、そう言わされたんだ」ということだった。 このビデオを公開するかどうか迷ったが、本人たちは「家族限りにしてほしい」ということだった。それで、公開しないことにしたが、あの時、公開していれば「5人が北朝鮮に来てほしいと言っているんだから、どうして親は行かないんだ」という世論が沸きあがったと思う。結果的には行かないでよかった。
我々は北朝鮮に行くものか。生きているんだったら、日本に返せと言い続けた。そうすると、10月15日に突然、5人が帰ってきた。ところがなぜか、「一時帰国」ということになっている。泥棒が盗んだものを「1回、あなたに返すから、また私に頂戴」と言っているのと同じようなものだ。常識的には考えられない。そのような、ふざけたことを、そのまま引き受けた外務省の姿勢は許せない。川口外務大臣は「帰国に関しては、本人の意思を尊重します」と言った。本人の意思に関係なく連れていかれた人間が帰ってくるというのだから、「是が非でも日本に留めおきます」と言うのが普通の日本人だ。 最近の話でも、曽我ひとみさんは「家族をバラバラにしたのは誰ですか」と言った。曽我さんは詩人です。だから、わざとああいう疑問形で強く訴えたかったと思う。北朝鮮だと言ってほしかった。それを川口外務大臣は「バラバラにしたのは歴史だ」ととんでもない、許せないことを言った。 私たちは、帰ってきたら、土の中に埋めてでも、絶対に向こうに戻さないと思っていた。本人らは相当、脅されてきたのだろう。5人とも2週間ぐらいで帰ると言っていたが、だんだん、日本の昔のことを思い出したりした。日本人は私たちのことを覚えてくれていたということが嬉しかったのだろう。 政府は「5人を日本に留めて、子供を待つ」という方針を出した。これがなければ、5人は本心は戻りたくないと思っても、国と国の約束だから、5人は北へ帰ったと思う。家族を連れて帰るということは絶対にありえない。一度戻ると、もう二度と帰ることはなかっただろう。数少ない日本政府の決定の中で、10月24日の「5人を日本に留める」という決定は画期的なものだった。その中でも、外務省は「5人を帰すべきだ」と言い張っていた。
5人の一番の関心事はやはり、子供、家族のことだ。記者会見では、みなさんがお気付きのように、非常に固い表情で、言葉を選んでいる。何故かというと、「カメラの向こうには金正日がいる」と思っているからだ。だから絶対、弱みを見せてはいけない、テレビの前で泣いてはいけないと思っている。泣いてしまったら、相手は「これは参っているな」と思い、こちらは北の言いなりになるから、絶対に泣いちゃいけないと思っている。 逆に、北の刺激になるようなことも言えない。彼らの気分を害して、自分たちの家族に危害が加えられるかもしれないという心配があるから、なかなか踏み込んだ発言は出来ない。北に関する固有名詞、人名とか地名とかは、我々家族にも言おうとしない。日を増すごとに、ピリピリした度合は増幅している。 こういう膠着状態の中で、弟は毎日、新聞を読み漁り、テレビを見ては「日朝関係に動きはないか」「世界の動向は」と気にしている。 曽我さんは、もっと辛い状況にある。お父さんは体の状態が悪く、妹さんは佐渡から離れて今、埼玉県にいるので、そばに身内の人がいない。日本に帰ってきたら、お母さんに会えると思っていたが、お母さんも拉致されている。それで、自分の家族は北朝鮮にいるという三重苦の中にいる。私は(外務省の)中山参与に「曽我さんのケアはしっかりやってください。狙われるのは曽我さんですから」とお願いした。 私も週に1回は曽我さんに電話して「頑張ろう」と励ましている。曽我さんは、一部のマスコミで伝えられたのとは違って、気丈で明るい方で、単にカメラ嫌い、マスコミが苦手なだけだ。暗い表情だと言われるが、曽我さんはいたって元気で、北へ帰るようなことはないので、安心していただきたい。しかし、もう時間がない。 この前、弟に「今、北に帰るとどうなる」と聞いてみた。弟は「一応、歓迎はしてくれるだろうな。表向きは歓迎するだろう。でも兄貴、2、3か月後の新聞をよく見ていてくれ。『蓮池一家、サーズで死亡』という記事が出るから。そういう国なんだよ」と答えた。
小泉総理とブッシュ米大統領が会談して、「北には対話と圧力であたる」という結論を出した。川口外務大臣も遅まきながら緒外国に行って「拉致問題の重要性を理解してください」と言っている。しかし「重要性を理解してください」という次元の問題ではない。なぜ、日本政府は「拉致された日本人を返せ。そうでなければ、日本にも考えがある、つまり圧力をかける」という強い態度を示せないのか。 私たちが街頭に立っていると、応援してくれる方は「我々に何が出来ますか」とおっしゃる。私は「それは、みなさんが声をあげてくださることです」と答えている。政府の方針が曖昧で、何も言えない。日朝首脳会談の結果も宣言は出しているが、あれは北朝鮮から見ると、客観的な情報に過ぎない。だから、日本は政府の方針をきちんと国民に知らせて、かつ、そのメッセージを北朝鮮にもダイレクトに伝えなければならない。それを「拉致問題は重要だ」とか「拉致問題の解決なくして日朝国交正常化はない」とか抽象的なことを言っても…。「それじゃ、解決って何だ」と聞かれれば、彼らは何て答えるのか。私は是非「日本人を早く返しなさい」と強く言うべきだと思う。 田中審議官が暴走するのも、日本政府の方針がはっきりしていないからだ。1外交官がアメリカに行って「北朝鮮には優しくして」と言うことが許されるのか。 それから、この拉致問題をどうやって解決していくかということを、24時間考える人がいまだにいない。つまり、救出本部、対策本部がない。政府は片手間でやっている。外務省には北東アジア課があるが、あそこは韓国問題などいろいろあって、拉致問題は片手間でやっている。 ペルーの大使館占拠事件があったときには、対策本部ができた。小泉総理が国会で「拉致は普通に考えれば、テロだ」と言ったのだから、25年以上たってるが、対策本部を作り、日本人をどう救出するか24時間考える専門要員を配置するべきだ。 やはり、日本人を取り戻すには、国民が大きな声をあげて、力を結集して、政府・外務省を突き動かすしかない。5月7日に開かれた国際東京フォーラムでは2万人近い方が我々の応援に来てくれた。ああいう情景を見ると、少し偉そうだが、日本人もまだまだ捨てたものじゃないと思う。ワールドカップであれだけ一丸となれたのだから、日本人が海外に暴力的に拉致された問題で日本人が一丸になって何が悪いと私は思う。 国民のみなさんは、1人1人が子の問題を注視していただいて、大きな声をあげていただきたい。
「日本人を返せ、北朝鮮はけしからん」という方針を政府が出すのであれば、マスコミは後押しするべきだ。政府が(この方針を)出さないのであれば、マスコミは先頭に立ってやるべきだ。こんなに是非がはっきりしていて、右だの左だの、感情だの理性だのという問題ではない。誰が悪いかと言うと、北朝鮮が悪いのに決まっている。なぜ、「日本人を返せ」「北朝鮮はけしからん」とマスメディアは強く訴えないのか。 そうすると、メディアの人は「蓮池さん、日本は自由主義社会です。そのマスメディアは多様な意見がないといけないのです」と言った。私は「そうですかね。こうした、誰が考えてもはっきりした問題に、多様な意見なんてない」と言った。そうすると、その(メディアの)人は「蓮池さんはだんだん、北朝鮮のようになってきましたね」と言った。 メディアの人は、客観報道、第三者的な報道と言うが、私は新聞の一面に「日本人を返せ」と書いて何が悪いと思う。ニュース・ステーション(の番組)に出た時に、(キャスターの)久米さんに「あなたは影響力が大きいから、『日本人を返してくれ』と言ってくれ」と頼んだが、言ってくれなかった。そういう世界だ。 私はこれからも、メディアに対しては「偏向報道でも何でもないから、『日本人を返せ』と書いてくれ」と言い続けるつもりだ。 今日は若い人の前で話を出来て、嬉しく思っている。
拉致問題に関心を寄せて、熱心に聞いてくれて嬉しかった。立派な考えの若い人に会えて、良かった。日ごろ、若い人たちに会う機会がないので、このような機会を与えてもらって、若い人のあふれる力をもらったような気がする。いわゆる生き生きした力を感じた。 |