拉致問題を通して日本のあり方を考える・第2弾
〜 忘れてはいけない!特定失踪者問題 〜(埼玉県・大宮)

●日時:平成16年4月4日(水)14時〜
●場所:JACK大宮ビル5階
●講師:真鍋貞樹氏(特定失踪者問題調査会専務理事/救う会全国協議会幹事)
    特定失踪者のご家族
●主催:日本再生フォーラム


4日、大宮で開催されました特定失踪者の集会に参加させて頂きました。ご家族も含めて100人程の方が参加されました。


参加された特定失踪者のご家族は以下の方々です。

■藤田進さん(S51年2/7失踪・当時19歳・失踪場所:埼玉県川口市の自宅)、■新木章さん(S52年5/21失踪・当時29歳・失踪場所:埼玉県川口市)、■佐々木悦子さん(H3年3/28失踪・当時24歳・失踪場所:埼玉県浦和市)、■鈴木賢さん(S47年5/28失踪・当時25歳・失踪場所:埼玉県三芳町)、■高野清文さん(S51年7/30・当時19歳・失踪場所:神津島)、■矢島克己さん(H元年8/26:当時24歳・失踪場所:北海道)、■大澤孝司さん(S49年2/24失踪・当時27歳・失踪場所:佐渡島)

特別失踪者調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/

拉致被害者である田口八重子さんのご兄弟もいらっしゃいました。

◆今日のレポートは埼玉県知事・上田清さん初め、県議員の先生のお話や、救う会・埼玉幹事の竹本さんのお話は、大変申し訳ございませんが、割愛させて頂きました。
今日いらっしゃった特定失踪者ご家族の内、4名の方のお話と、特定失踪者調査会・専務理事の真鍋貞樹さんのお話をレポートさせて頂きます。
尚、メモを元に再現しておりますので、不完全です。ご了承ください。

 

拉致問題を通して日本のあり方を考える
ー忘れてはいけない! 特定失踪者問題ー


1、【大沢孝司さんのお兄様・大沢茂樹さんのお話】

ご紹介預かりました、すぐ上の兄です。横浜市に住んでおります。一番上の兄は佐渡の巻町で家業を継いでおります。本日はセミナーにお越頂きましてありがとうございました。私どもは毎月上野で署名活動を行っております。救う会埼玉の皆様には活動の際、お世話になりありがとうございます。この場をお借りして御礼申し上げます。

私の弟は、曽我さんが拉致された真野町から7、8キロのところにあります、新穂村で拉致をされた可能性が大きいということです。
当時、「新潟県佐渡農地事務所」に勤務していました。この日は日曜日で宿舎の食堂は休みで、行きつけの飲食店で食事を取っておりました。弟が店を出ようとしたその時、2、3人の男が店に入ろうとしましたが、入ってきませんでした。弟が出た直後、車の急発進する音を店のおかみさんが聞いています。そのお店の場所は、すぐ近くに海があるわけでもなく、畑と田んぼしかないところでした。事件当時、大がかりな捜査をしましたが、見つかりませんでした。失踪の理由もわかりませんでした。私ども家族としましては、神隠しにあったのではないか。そう思っておりました。その後の調査で、弟は北に拉致された以外、失踪した理由がみつからないという結果になりました。しかし、証拠不十分ということで、未だに認定されておりません。

先日、新潟県警が山梨で失踪した山本美保さんと弟のことを、拉致の疑いが濃厚と言ってくださいました。
(新聞の切りぬきを掲げる)
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/namazu_i.asp?no=/2003/10... ←この記事かもしれません。

5人の方が帰国されてから約1年半、その後まったく進展がありません。拉致は人権蹂躙であり、土足で他国に入り込む主権侵害でテロであります。それなのに、政府は拉致問題に関しては弱腰で、積極的に取組もうとしません。
派閥の親分が金の延棒をもらったからでしょうか!喜び組みの接待を受けたからでしょうか!政府は1人残らず奪還するんだという強い意思を示し、強く強く訴えて頂きたい。最後の最後の1人が返ってくるまで、幕引きさせてはなりません。
更なる皆様のご支援をよろしくお願いします。

 

2、【高野清文さんの妹さん・高野美幸さんのお話】  
※美幸さんご自身が作成した資料を一部参照させて頂きました。

■兄の失踪の経緯・背景■

高野美幸と申します。私の母は、兄が失踪する前は殺されても死なないだろうと言われるぐらい丈夫な人でした。しかし、昨年、子宮ガンを摘出しました。父は神津島に移住してでも兄が見つかるまで捜すと言っておりました。精神的にも金銭的にも苦労してたでしょうに、当時5歳だった私を育ててくれたことを感謝しています。そんな両親に1日でも早く、兄と会わせてあげたいと思っています。

兄は在学していた電気通信大学の学生寮生17名の合宿で訪れた、伊豆七島の神津島で忽然と消えてしまいました。失踪直後から、同行していた寮生や、警察・消防・役場職員、全島あげて捜索し、神津島の派出所から連絡を受けた両親は、8月1日に島に辿り着くと、無事に帰ってきて欲しいと言う必死の思いで、兄を探しました。船やヘリコプターによる捜索、警察犬も導入しましたが、横田めぐみさん同様、その場で溶けて無くなってしまったように、遺留品など何の手掛かりも無く、その後、登山家に同行してもらうなど28年間探し続けていますが、今日まで消息はつかめないままです。
母は「こんな悲しい思いは他の誰にもして欲しくない」と言っていましたが。しかし金正日が拉致を認めてから、母の祈りもむなしく、約400人もの失踪者の家族が同じように悲しみ、苦しみ、長い時間を過ごしてきた事実を知りました。そして今、拉致の可能性を感じ、どの家族も真相を知りたいと思っているのです。

調査会の資料を見せて頂きましたが、失踪者にはいろいろな共通点があるということがわかってきました。藤田さんと兄は同じ年に失踪しています。また、大学が同じであったり、夏休みや春休みに失踪している。また、自動車教習所に通った後に失踪しているという事例もあります。兄は自動車教習所で免許を取った後に失踪しています。

昨年、神津島を訪れて調査しました。神津島にはキリシタン禁制の令にふれて島流しとなり、宝塔様と呼ばれ島民に親しまれている★オタア・ジュリア★の祭りが数年前からさかんになっているそうです。在日の方がいらしていたということです。伊豆諸島、伊豆半島には在日の方がたくさん住んでいるということがわかりました。(美幸さんの資料には、オタア・ジュリアが、北朝鮮の出身だったことを思い出し、背筋が凍る思いだった。ジュリア祭りを口実に、工作員が潜入、工作活動に利用した可能性が推測されるということが記載されています。)

★オタア・ジュリア★
朝鮮貴族の娘として生まれたおたあ(洗礼名ジュリア)は小西行長の養女となった。後に徳川家康に仕えたが、熱心なキリスト教信者だったため、家康の出したキリシタン禁制の令にふれて島流しとなり60余才で生涯を閉じた。毎年5月第3日曜にジュリアを偲ぶ慰霊祭ジュリア祭が行われる。ジュリアの墓から徒歩10分のところにある神津島郷土資料館にジュリアに関する資料が展示されている。
http://vill.kouzushima.tokyo.jp/kozu_junrei/jyuria.htm

それと、兄の失踪する半月前に当時22歳の保母さんの女性が新島で失踪しています。同じ伊豆七島で同時期に2名拉致された可能性があるということになります。この方のご家族からは調査会への届出は出ていません。兄の失踪と関係があるのではないかとこの女性のご家族・ご友人の消息も追っています。

■家族として、奪還と共に考え、協力して頂きたいこと■

A、自分の家族が突然、無事帰国したとしても、政府・地方自治体の支援体制は万全でしょうか?

仮に200名の拉致被害者がいるとすれば、その家族も含めて3倍の人数、600人が帰ってくるはずです。やっとの思いで帰ってきた兄はどうなるのでしょうか。

B、金正日によって犯罪の手伝いをさせられた家族を、犯罪者扱いしないでください。

兄も無理やり犯罪の手伝いをさせられているかもしれません。迎えいれる日本国内で、非難をされないか。田口さんのご家族もご苦労されたと聞いております。

C、拉致か解らない、拉致の被害に遭っていながら北の地で死亡して、海に捨てられたり、道端に雑然として埋められて、結果、所在が明らかにならなくても、長年探し疲れ、年老いた家族を、「おまえの家族は散々騒いで拉致ではないじゃないか」と非難することだけは絶対にしないください。

■失踪者400名ほどの真相究明と、家族の支援をお願いします。

皆様にお伝えしたいことは、皆様ご自身が、失踪者になる可能性があるということです。

私の兄は、そして特定失踪者は、拉致された可能性がある。反面、明日遺体が見つかったり、国内で生きて見つかる可能性もゼロではないということです。
特定失踪者とその家族の微妙な立場を理解し、真相究明の為に支援してくださることを、お願いします。私の兄だけではないのです。失踪者は何百人もいるのですから。

最後に、病気療養中の母がアクリルを使って編み物をしました。母は一言「会いたい」と言いました。
すごく痛かったです。
よろしかったらご購入お願いします。購入して頂いた金額は全額調査会に寄付します。
本日はありがとうございました。

◆私も購入させて頂きました。暖かそうで、とても丁寧に編み上げられ、配色もとても綺麗な靴下です。



3、【新木章さんの弟さん・新木博さんのお話】

こんにちは。私の兄は昭和52年5月21日に川口市でいつものように、買い物に行くと言って出かけたまま失踪しました。
兄は三菱信託に勤務していました。不慣れな仕事で大変だったとは思いますが、自殺は考えられません。母は手をつくしましたが、何の手掛かりもないまま、病床に伏してしまいました。
姉が北の拉致に対する報道を目にし、活動を始めました。川口市が拉致と深い関係があることを知り、私も兄は北に拉致されたという思いを深めました。
先日、警察に告発してまいりました。本格的に捜査して下さることを信じています。
多くの方から情報を頂きたいと思っております。ご協力お願い致します。

 

4、【藤田進さんの弟さん・藤田隆司さんのお話】 
※隆司さんご自身が作成した資料を一部参照させて頂きました。

■兄の失踪の状況■

こんにちは。一学年下の弟です。兄の失踪当時の話からお話したいと思います。
私は当時、高校3年生でした。大学受験で自分のことしか頭になかった時に兄は失踪しました。
父に(80才)聞いた話が中心です。

兄はめでたく学芸大学に入学しまして、体育の先生を目指していました。ラグビー部に所属していました。
一学年が修了した昭和51年2月7日の夕方6時頃、父に「新宿にガードマンのアルバイトに行ってくる」と言って出て行ったそうです。
父も詳しくは聞かなかったそうです。ただ、出るときに父が「洗濯物を出すように」と言いました。
兄は「明日休みだから、洗濯は自分でするよ」と言って出ていったそうです。
当時、母を4年前に病気で亡くし、男だけ3人の寂しい生活を送っていました。男同士なんであまり口を利きませんでした。

(★隆司さん作成の資料より:父は男手1つで子供二人を育てながら、仕事をしていました。母を4年前に亡くし、男3人の生活をなんとかやっていた、という状態でした。父も兄も私も、家の中では多くを語らず、淡々とした生活だったと思います。母の死による家族の心の傷を、何とか癒しかけていた矢先の兄の突然の失踪だったわけです。)

失踪した理由はわかりませんでした。悩んでいたということもありませんでした。兄の友人に聞いてもお酒を飲みながら女の子の話をしたりしていたそうです。その後、新宿の警備会社に問い合わせましたが、まったく手掛かりはありませんでした。兄のではないかという遺体が上がる度に、見に行きましたが違いました。警察から家出だったら5年以内には、ほとんど解決すると言われました。5年間で見つからなければ無理だと。とにかく情報はゼロでした。

今でも拉致かは解りませんが、なぜ届出を出したかと言いますと、田口さんが川口出身ということを知ったからです。それまで拉致は日本海側だけだと思っていました。届け出たら、川口市に失踪者がたくさんいることがわかりました。先月、川口にポスターを貼らして頂きました。公民館など60箇所。目立たないせいか、ほとんどの方は知らないようです。ポスターを貼ってから未だに情報はまるっきりありません。ということは、日本にいないか、あるいは死んでいるか、死んでいなければ日本以外にいるということになります。世界中どこを探しても、電話1本もかけられないような国は北朝鮮しかないです。

家出なら5年以内に証拠とか物品が出てきて解決するのが普通です。自殺でもない、家出でもないという人が400人いるということです。
私たち特定失踪者の家族は「拉致被害者を返せ!」と言えない苦しさがあります。拉致されたとすれば、完全犯罪ということになります。証拠は出てこないと思っています。だけれども日本国内のどかかで誰かが、指令の元、行ってきたことがわかりました。実行した人、手助けした人や組織は必ずあったはずです。それを知りたいのです。

まだまだ言いたくても言えない方もいらっしゃいます。心の整理がつかないご家族もいらっしゃいます。しかし、声をあげていかなければ、10件15人でうやむやのままにされてしまう恐れがあります。本当のことを知りたいのです。今日配りましたポスターを多くの方に広げて頂いて情報をお寄せください。

最後に政府にお願いする署名用紙に書かれた項目を読み上げます。

■内閣総理大臣・外務大臣・関係閣僚殿
1、北朝鮮に拉致された多くの被害者を一刻も早く救出してください。
2、拉致の可能性が高い失踪者の真相究明をお願いします。
3、北朝鮮に対してすべての拉致被害者を奪還する強い意志を示してください
4、誠意を示さない北朝鮮には、断固たる圧力と制裁をお願いします
5、拉致に加担した工作員や日本在住者を捜し出してください
6、生活の安全と治安維持のための体制と法整備をお願いします。
以上

本日はありがとうございました。



5、【特定失踪者問題調査会専務理事・真鍋貞樹さんのお話】

1、特定失踪者問題の経過について

■調査会設立までの経緯■

平成15年1月10日に設立しまして約1年経ちました。当時、荒木が救う会の事務局長をしていた時から、山本美保さん他、多数の相談を受けていました。救う会と役割分担をしていこうということで設立となりました。

なぜ荒木が調査会を作ったかと言いますと、曽我ひとみさんのことがあったからです。ひとみさんの場合、他の拉致被害者とは違っています。これは、ご家族もご近所の方も警察も99.99999%家出だと思っておられた。しかし、羽田空港から降りてこられました。曽我さんが帰国されたことで、問い合わせが相次で一挙に寄せられました。現在400家族から寄せられています。警察には3倍のご家族から同種の相談が寄せられています。警察も正式には発表していませんが、全国で2000件程寄せられているそうです。

ご家族やご友人のご尽力が非常に大きいです。
脱北者の証言から、18名が拉致の疑いが濃厚という認定をしております。警察・政府には全員の、公開・非公開を含めて全ての資料を渡してあります。それで警察も重い腰を持ち上げたということです。

■拉致の予備軍はたくさんいる。拉致でないと判明した人は1%にすぎない■

マスコミにも協力頂いて、5人は拉致ではないということが判明しました。ただし、1人、公開している方なので名前をあげてもいいと思いますが、種田誠さんなんですが、種田さんと違う人物から電話があり、「元気にしているから、捜すな」という不思議な電話がかかってきました。これはご家族もご本人かどうかわからない。私どもはご本人の確認が取れるまで捜査します。

拉致ではないと判明した人は1%にすぎません。このことはマスコミも取上げません。拉致の予備軍と思われる人も同数います。(認定した人と)非公開の方の中にもいます。同じ位います。少なくとも40人から80人の方は拉致被害者であるのではという認識です。届出がない人方の中に怪しいと思われる方がいらっしゃいます。先ほど、高野美幸さんがお話された新島で忽然と姿を消した女性がいらっしゃいます。相当な人が苦しんでいらっしゃいます。

■拉致は1950年代から今日に至るまで行われている可能性がある■

1950年代でまだ詳しく発表できない事例があります。今日までと言ったのは、金正日の指令によらない拉致もあり得るということです。日本の民間請負業者やその周辺諸国で金儲けやビジネスとしてやることもあるだろうということです。

■拉致は日本海側だけではなかった。全国で行われていた■

拉致は全国で行われていました。安明進氏は拉致の訓練はしましたが、実行犯ではありません。彼に聞いたところ、日本で一番拉致が簡単にできるところは北海道ということです。どこからでもOKとのことでした。なぜなら誰も警戒していないからだそうです。2番目に簡単な所は、沖縄。なぜなら米軍があるから。太平洋側はと聞くと、「そんなの当り前」だという答えが返ってきました。
日本人の変なところは、自分のところではあり得ないと。我々は拉致には関係がないんだと思っていることです。これは警察・役人・政治家含めて、全ての人がそう思っています。

■日本人化教育のためだけに拉致が行われたわけではない■

日本人だけでなく、韓国・レバノン・フランス人も拉致されています。対象者が持っている特性、例えば機械関係の技術を持っている人とか、美容師・理容師も特殊技術です。朝鮮半島の人が好む髪型と日本人が好む髪型は違います。服装も微妙に違います。北の工作員が日本人化教育を受けて日本に来る。背広はびしっと決めているが雪駄で海岸を歩いているとか、すててこ一丁で海岸で酒を飲むとか。そういう話を聞くと日本は平和なんだなあと思います。

■人身売買のために日本人の子供も拉致されているかもしれない■

非常にショッキングな話ですが、大人だけではなく、子供も拉致されている可能性があります。この間キム・ヒョンヒの証言を読み直したのですが、「日本人の子供がいた」とはっきり言っています。誰とは言っていませんが、「子供」と言っています。ではなぜ子供かと言いますと、北朝鮮では当り前なんですね。人身売買の延長なんですね。

■海外での失踪者はすごい人数に上る■

ヨーロッパルートで、八尾恵は20人を拉致したと証言しています。しかし、3人の方しか判明しておりません。残りの17人は誰だか判明していないわけです。私どもにも10人くらいの届出があります。海外での失踪者はすごい人数です。グループ全員で失踪という事例もあります。女性だけのグループが忽然と失踪した。このことは、日本国内ではニュースになりません。誰も相手にしてくれないそうです。警察に行ったら 「どうしましょう」と頭を抱え込まれたそうです。外務省に行ったら、「こんなの外交交渉だ」と相手にされなかったそうです。海外失踪者を調査する会があるとも聞いています。それにも政府は協力しようとしません。

 

2、埼玉を中心とした特定失踪者の調査概要 −なぜ埼玉に多いのかー

■調査会認定の特定失踪者■

調査会では4人を1000番台に認定しています。埼玉県全体で非公開も含めて22名います。これは埼玉に来て失踪したとか、当時住んでいたとか、今ご家族が埼玉に住んでいるということも含まれています。

非公開の内、これは藤田さん、お話してもよろしいですか?(藤田進さんの弟さん・隆司さんに確認)。非公開の内の1人に藤田さんのおじさまが含まれています。次回公開する予定です。一番多いのは東京で50人くらい。次に大阪。次が北海道。その次に埼玉です。

■川口に特定失踪者が集中している理由■

埼玉の不思議な現象は川口に集中しているということです。皆さんご存知の通り、「キューポラのある街」ということで、在日の方がたくさん住んでいらっしゃいます。また、主体思想研究会というものがあってその全国の拠点が埼玉県の比企郡にあります。

埼玉と同様、埼玉県に隣接している東京の足立区と北区にも失踪者が集中しています。足立区には有名な在日朝鮮人の先生が経営する病院があります。北区には朝鮮高校があります。また先日引き上げられた工作船から携帯電話をしていた通話相手は北区に住んでいたことが分かっています。

■高校の先生も拉致に関与か?■

本人と工作員との間には細〜いが、強〜い糸で結ばれていると思われます。家族も友人も知らない人間関係があるはずです。それは偶然または必然的に人間関係が築かれているはずです。例えば飲み屋で知り合った人なんかは、家族はや友人は知りようがない。よく焼肉店の周辺で失踪しているというケースもあります。地村さんの行きつけの店は工作員が見張るためのレストランだったということです。

いやな話ですが、高校の先生の可能性も捨て切れません。都府県日教組の中に主体思想研究所があります。日教組にもいろいろありまして、高校の先生だけで組織されているところがあります。ここでは「国旗はとんでもない」などそういう教育をするところ。

はっきりしたことは言えませんが、400人の届出の高校の卒業名簿を取り寄せ、検索したところ、たった400人にもかかわらず、20組、40人も同じ小・中・高校とい方がいらっしゃいました。たった400人の中に共通性があるということは相当なもんです。
しかも、5年単位で失踪しています。

■立命館大学出身の失踪者が多い■

大学では立命館大学だけがめちゃくちゃ多い。7人もいらっしゃいます。独自調査の方は9名いらっしゃいます。他大学は1人か2人です。しかもやはり、5年ごとに失踪しています。例外もありますが、これだけ偶然があるというのは偶然とはいえないのではないかと思っています。

■まさかという繋がりで糸はつながれている■

佐々木悦子さんと新木章さんのお住まいは非常に近郊しています。新木さんと田口八重子さんは同じ高校出身であります。高野さん・★布施さん・藤田さんは同時期に大学に通っていました。その時期に久米裕さんの事件が起こっています。藤田進さんはアルバイトでガードマンをやっていました。久米裕さんもガードマンでした。

どこかに協力者がいたはずです。5年ぐらいかけて、拉致をするタイミングを見計らっていたんだと思います。田口さんも池袋で呼び出されて拉致されました。工作船がくるまでどこかにかくまっておく人員も必要ですし、どこかで監禁されていたことも考えられます。そして500-1000キロを一気に車で運んで、工作船の来るタイミングを見計らう。それも1、2日ではなく、何日も。用意周到な準備をしているはずです。必ず犯人はいるはずです。必ず見つけ出していきたい。

★布施範行さん(昭和53年3月失踪・当時24歳)
※藤田進さん、布施範行さん、高野清さんは大学はそれぞれ違うが、武蔵野地域にある大学に、同時期に通っていた。拉致被害者である久米裕さんは、武蔵野地域である三鷹市役所でガーマンをしていた。


3、なぜ日本政府は特定失踪者問題の解決に消極的なのか

■政府は未だに窓口すら作ってくれない■

特定失踪者の問題だけでなく、拉致問題も消極的ですが、それでも国民の世論のおかげで、外交の上にのっかています。しかし、特定失踪者問題になると、政府は貝のようになってしまいます。以前は非常に冷たい対応でした。警察も政府関係機関も木で鼻をくくった対応でした。今は少しはよくなりましが・・・・。今は警察に行くと「かんばって下さいね。」でおしまいです。警察の幹部がそういう状況です。あなた達が「がんばれ」と言いたいですね。

先日、北京で6カ国協議が行われました。その後、藪中さんに「特定失踪者のことも言ってくれたのか?」とお聞きしたのですが、モゴモゴっていう感じで終わってしまいました。私が直接聞いた時には最終的には「言いました」ということをおっしゃったんですが、後日見たら、発言は一切消されていました。結局、触れていないことになっています。それがなぜかわかりません。

私たちはボランティア団体です。なんの権利もありません。捜査権も逮捕権もありません。我々はとっかかりを作ろうということで立ち上げました。なんとか政府にやってもらうとっかかりを作ろうとしました。当初、私たちは1年くらいだろうと思っていました。しかし、政府には窓口を作ってくれ、機関を作ってくれと言っていますが、依然として窓口はおろか、調査機関もありません。

■山本美保さんの件は過去の責任問題に発展する■

警察はよほどのことがない限り動きません。
警察としては痛くも痒くもないところをほじくり返されているというふうに思っています。10年も20年も前のことじゃねぇか。という感じです。政府機関も同じです。なぜ金丸さんのところに金塊がいったのでしょうか。山本美保さんの失踪は、金丸さんが自民党の幹事長になった時に起きました。山梨県は金丸さんの地元。バックが捨てられたのは新潟で、遺体は山形の遊佐町というとことで発見されました。遊佐町は加藤紘一議員の地元です。これは偶然でしょうが出来すぎています。また、吉田猛は加藤紘一議員の秘書をしていました。20年前に失踪した人の遺体が今やっと発見された。本当にそうかと思います。山梨県警に関しましては不可解で、不親切な対応でした。

美保さんの件については来週にも30項目ほどの質問事項を出します。
山梨県警は一言だけ言いました。「山本美保さんと思われるご遺体が山形県で発見されました。」と。1ミリだけ残っていた骨髄が山形大学に残っていた。DAN鑑定を2回やって99・99999%一致すると。2回の検査で骨髄は使ってしまったので、再鑑定は不可能だと。だれも鑑定できないということです。どっかの国でご遺体を2回焼いたので、遺体のDAN鑑定はできないと言ったのと同じではないでしょうか。

■山本美保さんと思われるご遺体の発見の状況■

美保さんのバックが発見された場所は新潟県の柏崎の海岸です。この場所は、自殺をしに行くような場所ではありません。ご遺体が発見された場所は山形県の海岸。時速6キロでまっすぐににご遺体が流れていかない限り、確実にたどり着くことはできなそうです。ここは海流が渦巻いている所ですので、ご遺体は沈んだり、浮かんだりするはずだそうです。柏崎の海岸から山形県の海岸まで約200キロ。そこまで13日間でご遺体がたどり着くことはできないと、誰に聞いてもおっしゃいます。また、水圧が風圧より強い場合は、ご遺体が浮いてこない可能性も高いそうです。

ご家族がいらっしゃる前であまり言いたくないことですが、多分、山梨で拉致され、山形まで連れていかれた。偽装工作のために、柏崎の海岸に、バックを捨てた。これは安明進氏から聞いた話ですが、拉致される時に女性がショック死することもあるそうです。仕方がないので、海底に捨てることもあると。このご遺体が仮にご本人のご遺体であるとすれば、今のようなことが考えられると思っています。

■政府は北朝鮮以上に拉致問題を終わらせたい −山本美保さんの問題から考える-■

もしかするとご本人でないことも考えられます。考えたくないことですが、政府はもう終わらせたいんです。北朝鮮も終わらせたい。北朝鮮以上に日本の政府関係者はこの問題を終わらせたいんです。山本美保さんは私たちの活動において、シンボル的な存在です。先日の北京での会談、大連での接触。拉致問題の幕引き。5人のご家族が帰ってきておしまいにしたい。選挙も近いので得点をあげたい。もう5人のご家族が返ってきたらいいじゃないかという世論も出てくる。一番喜んでいるのはODAを貰える金正日と、それを引き受ける日本の企業。そう思われても仕方がない山梨県警のやり方でした。


4、日本は何をすべきか −毅然とした国家へ再生ー

■経済制裁の発動■

毅然とした姿勢で制裁を。米国だったら間違いなく宣戦布告なわけです。米国人を北朝鮮が拉致しないのは、米国が攻めてくることがわかっているからです。ですから現行憲法の中でやれることをやる。法案が整いつつありますので、あとは発動するかどうかです。発動する場合は、政治家だけでなく、国民の覚悟も必要となります。

■スパイ防止法の制定■

ないのは日本くらいです。社民党は強力に反対しました。日本は逆にスパイを捕まえても返してしまう。安明進氏は、日本に侵入するのは「朝飯前のションベンぐらい簡単だ」と言っていました。

■邦人保護法(仮称)の制定■

金正日体制は間違いなく崩壊します。金正日もいつかは死にます。しかし、そこまで待っていられません。私としては明日にでも崩壊してほしいと思っていますが。この問題が闇から闇へ葬り去られることだけは避けなければいけません。崩壊した時、日本人をどう保護するかという時に、まず法律を作らなければなりません。それから国会で審議して、法案ができるまで6カ月かかったなんて言っていられないのです。私どもの荒木は自衛官補ですから、そうなった場合は助けに行くと言っております。今の日本においてはJALに頼んで飛行機出してもらって、平壌に行くしかないんです。米軍に頼むなんて情けない。日本人を助けるのにそんなバカなことはありません。でも実際には法律がないのです。

■北朝鮮民主化法案(仮称)の制定■

いま米国が作ろうとしています。日本も作らないといけません。

■憲法改正■

現行憲法できっちりと派遣の方法を考えなくてはなりません。自民党政権のだめなところは、憲法9条の問題を今まであやふやにしてきたことです。堂々と自衛官を派遣することができるようにしなければなりません。


5、まとめ

■拉致問題を通して日本を改革しよう■

山梨県警は山本美保さんの件を隠蔽しようとしています。私たち国民は任せておくだけではダメなのです。
しかし、末端の捜査官とキャリアの人たちとは違うということを申し上げておきます。末端の捜査官は一生懸命やってきました。埼玉・富山では犯人や工作員を捕まえました。これは努力の賜物です。それをチャラにしてしまうような政治家がいるのです。金正男の時もそうでした。国民の義務としては 「それは許さないぞ!」と言わなければいけません。まともな政治家を選ばなくてはいけません。

最後に4/30に国民大集会と国民大行進を開催します。野外ですので多数お越しください。
ありがとうございました。

おわり

 

◆特定失踪者のご家族の声をお聞きして、拉致は私自身や家族にもあり得たことだということを実感しました。拉致問題の深い闇。細いが強い糸。そういう人間関係は誰にでもありますよね。なんだか背筋が寒くなりました。ご家族が手作りの資料を作成して、一生懸命に声をあげていらっしゃるのに、政府は何もしようとしない。しないどころか、一部の政府や政治家は幕引きをしようとしている。それを断じて許さないためには、私たち国民が声をあげる以外ないのだということを強く感じました。

よっこ様
http://www.startingweb.com/bbs.cgi?job=bbsidx&bbsid=3842

 

 

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