「拉致問題の本質とは何か」西村眞悟氏講演会 (千葉県・柏)

●日時:平成16年3月10日(水)19時〜
●場所:麗澤大学・廣池千九郎記念講堂
●講師:西村眞悟氏(衆議院議員)
●主催:北朝鮮による日本人拉致問題を国民的課題として取り組む有志の会

 

西村眞悟氏講演会

(・・は聞き取り不能)

 ただいまご紹介をいただきました西村でございます。(学長が褒めてくださいましたので)非常に名誉なことだと思います。どうか、今から1時間少々お付き合いいただきます。

 いただきました年表は(事前に配られたもの)拉致問題の本質とは何か、家族の戦いに焦点を当てて拉致問題の本質を私がこの目で見て心で感じてその・としてこれから50分間話しをさせていただきます。

 拉致問題は言うまでもなく突然失われた自分の息子、娘を取り戻す家族の闘いであります。始めから現在そうでございます。しかしながらその家族はこの闘いを勝利するために何をしなければならないのかという問題意識につきあたっていき、それは国家を回復する闘いにつきあたっていったということです。

 ではなぜ国家を回復する闘いにつきあたらなければならなかったのかと言えば、国家は何もしなかったからです。

 ここで象徴的な話しをご紹介してそれはどうゆう意義を持ったのか、絶望の中で日本人の家族は何を考えたのかということをお話ししますと、一昨年の9月17日以降にご家族とお話をしていた時に「10年以上も日本政府にお願いしていますが、自分の娘が拉致されているので、どうにかしてほしいと言ってもすべて門前払いの扱いで、この時に私は何をしようと思ったのか。天皇陛下に直訴するしかない、このように思い定めて天皇陛下への直訴を考えました。」とおっしゃったのです。
 
 これは日本人が直面する具体的な問題の中で、天皇というものが絶望の中で浮かび上がってきたこの国の形を完璧に表現していると思います。

 私はそこであるひとつの大きな考えにとらわれました。明治の田中正造を思い出したのです。帝国議員、衆議院議員を辞職してその足で日比谷で明治天皇に足尾鉱毒事件を直訴して逮捕されました。近衛騎兵が槍を構えて田中正造めがけて馬を走らせて行ったわけですが突然のことに馬がビックリして勢い余って落馬し、田中正造はそれによって一命を助けられたわけですが、私も実はこの衆議院議員の職を持っていても何の役にもたたない、このように思ったことがあります。
 
 もはや天皇陛下への直訴というか、議員以外のただの日本人としての直接行動しかないのではないかと、このように思った時期もありました。そしてご家族とお話ししていた時にしみじみとした考えとして、「もう天皇陛下への直訴しかない。」というふうにご家族は言われました。

 ここにこのご家族の闘いの象徴的な国家を回復するための闘いであると示されています。

 我々戦後という国家、ではこれは国家ではなかった、何でなんだろうといえば国家の本質を忘れた、歯が浮くような議論だけで政治家をやっていた世界です。つまり国家、国民というのを市民と言い替えた、そしてそれが何か人に優しいような、そのようなムードで語られております。しかし、そのムードで語られている国家、国民を市民と言い替えていう本質こそ一番残酷な方式であります。日本人がたしかにそれを無視していた社会であったということです。

 そもそも近代国民国家というものはヨーロッパで生まれた概念であります。これは国民の基本的人権を守るために形成された国家概念であります。つまりローマ教皇の宗教的権威と権力が、すべての諸国民を踏み潰してそれに従わさせ、同じする言語をしゃべる共同体がその権力から自由になった、信仰の自由を守る、そのために近代国家を我々単位として建設しなければならないのであって、この近代国家を建設しなければ国民の権利を守ることは出来ない、この前提から生まれてきたわけであります。

 そして戦後、拉致問題に直面して我々は国家の・・国民の権利・風の前の塵のように他国に蹂躙されることだということを今、思い知ったわけであります。拉致問題こそ、そのことを完璧に我々に示してくれたわけであります。

 またこれはですね、国民を市民と言い替えた、単なるこのきれいごとがすべてではなかったと、この戦後の日本という中で安楽に生活する層があってそれがほとんど北朝鮮という独裁国家、ソビエトという独裁国家、中国という第一等共産党が支配する独裁国家、すべて工作活動によって敗北しています。

 こういう中で起こってきたことで、したがって家族は、完璧にきつい言葉で表現したご家族は蓮池さんですが、「敵は北朝鮮ではなく敵は日本という国家そのものである」、とこういうことを言われたのです。

 私はここでまた思い出したことがある、それはドゴール将軍の話であります。ドゴール将軍が退散の時、未来の軍隊という本を書いてこのままでは街のライン、ドイツの国境に第一次世界大戦の教訓からドイツ軍が入らないように要塞を築いたラインに依拠しておれば・・つまり戦車,そして兵員輸送の車両を持った機甲部隊はマジノーラインを簡単に突破し、そして街のラインを突破すれば6時間で自動車はパリに到着します。

 過去100年間、フランスはパリが陥落して1時間以内に全フランスが屈服しておった、したがって今こそ有効手段の機甲部隊をフランスは歯を食いしばって建設しなければならない、ドゴール大佐はこのような本を書いたと。しかしそのドゴールは危険人物、極左、極右そして無理難題を吹っかけるヤツだということでフランス陸軍から追放してしまったのです。

 その時、ドゴール大佐を擁護したのはアメリカのニクソン大統領でした。彼は「ドゴールの敵はドイツではなかった。ドゴールの敵はフランス人であった。」こう言っておりました。

 蓮池さんの言葉を聞いて私はこのドゴールが闘った時と同じ状態なんだと、このままでは国家が滅びるのだと思いました。拉致されていくのに拉致した犯人に、金銭で篭絡される、政治は動かない、国民を救うという意識もない、こんな国家は滅びるんだと。この国家は滅びてはならないし、これが家族の闘いなのだ。

 したがってご家族は「北朝鮮と闘う前に日本と闘わなければならなかった」と、これを思い出したのです。

 ちなみにドゴール将軍の「未来の軍隊」という本は、フランス陸軍ではまったく読まれませんでしたけれども、世界で一番熱心に読んだ国家があります。それはドイツ参謀本部でした。この本が出版されてから6年後、ドイツ機甲部隊はマジノーラインを突破して、ドゴール将軍の予想通り6時間後にパリに到着して、パリが占領された1時間後に全フランスはナチスドイツに屈服しました。

 これらは拉致問題とは離れた余談ですが、国家が滅びるという危機感を持っていない国というものはですね、こういうことなんです。US?の予言通りに滅びるのだと、しかしその国民はそのことを政治もその時は意識していない、後で振り返るだけだという警告として申し上げておきたいと思います。

 ではわが国は、国家が機能しなかったために国民は拉致されたということを断定できるのですが、これからそのことをご説明していきます。

 これはわが国が国民を守るという機能を持たなかったのかと誤解されては困るのです。わが国には機能はありました。機能はありましたけれども、その機能を持たす責任者に国民を守るという決断がなかった。これを不作為という、成すべきことを成さなかった、これを・・天下と・・関係していきたい。  

 皆様方に配られています「拉致問題の本質とは何か」参考年表を使っていきます。

 不作為というのは何かといえば、例えば自動車を運転していて、この自動車は十分な機能を持っていて、そして前方に歩行者を発見し、その時自動車を運転している人間はその歩行者に車が当らないようにブレーキ、ハンドルの操作をして運転する注意義務が生じるのです。ハンドルを右にきればよかった、ブレーキを踏めばよかった、これは作為義務です。

 この作為義務を果たさなくて、そのままのスピードとそのままの方向で歩行者に突っ込んで歩行者を死亡させた、これが不作為による責任です。我々一般国民は業務上過失傷害、過失致死傷という罪名で悪質ならば刑務所に行かねばなりません。一つの機能を操作する責任者は、当然ながらこれは誰も注意義務があります。

 国家というものを操作する責任者はどれだけの注意義務を持っているのか、この国家の機能は国民を守るというためにあるわけです。これからそれがいつの時点かと点検していきます。

 まず何故北朝鮮は日本人を拉致するのか、1974年8月昭和49年にソウルで在日朝鮮人・文世光が大統領を暗殺未遂した、これがあります。これは在日韓国人、文世光が大阪に住んでおりましたが、これが完全なる日本人になって、日本人のパスポートを持って、8月15日の後節に韓国の後節記念集会で文大統領を狙撃しました。
 
 狙撃に使ったピストルは日本の警察官の・・幹部、甲府警察から盗みましたが、この甲府という所は在日朝鮮人・韓国人が非常に多く、人口の4/2〜1/3約半数くらいが在日という所なのです。そこから日本の警察はピストルを奪われたのです。そしてそれが北朝鮮に工作員として育てられた在日韓国人文世光の手に渡って、文世光が完全なる日本人として大統領を狙撃しました。

 文世光は死ぬことが出来なくて捕まってそれですべてをしゃべって、韓国のこれは朝鮮人の仕業であるということを発表したわけでありますが、韓国国内の反応は、在韓国日本大使館に対する焼き討ちがされるのではないかと思う程の反日暴動が発生しました。

 北朝鮮はこれを見ていて多くの教訓を得た、一石三鳥の効果を果たすのは何なのかと。

 つまり日本をテロの基地として日本人がテロの犯人として韓国に対するテロを敢行すれば、仮にそれが北朝鮮の謀略だと韓国人にわかったとしても、韓国人の怒りは北朝鮮に向けられずに日本に向けられるということです。

 北朝鮮は批難から免れました。韓国が日本と対立すれば、自分達の国家の最大の低是である朝鮮半島武力統一が可能になるということです。

 金日成にとって最大の教訓は日本という基地が機能していれば、韓国を武力で併合することが出来ないということでした。この韓国と日本が敵対関係に入れば、北朝鮮の国是である悲願の武力統一は即座に解決されるということであります。

 したがって北朝鮮は、拉致犯人は日本人に見せかける必要があるんだと、こういうことで戦略を練って日本人に見せかけるにはどうすればいいのか、正真正銘の日本人に特に女性を北に連れてきて日本人教育係に携わらせればいいんだ、ということになってそれから日本人拉致が開始されるわけです。

 その下(参考年表)に1977年9月久米裕さん拉致とありますが、これがすべてのポイントです。

 つまり昭和52年の9月に久米裕さんが拉致されました。これは能登半島から拉致されましたが石川県警は犯人を現行犯として捕まえました。そして捕まえて取り調べするうちにこの犯人はすべてをしゃべりました。そしてすべてをしゃべったと同時に、石川県警は北朝鮮が日本海から日本国内に送られてくる電波の暗号電波の解読に成功しております。

 犯人の自白があったので、彼の自宅を捜索して乱数表を押収して、送られてくる電波を乱数表を照合してそれの解読に成功しました。日本の警察庁はその捜査の成功に対して警察庁長官賞をもってその功績を称えたのです。

 さてこれは昭和52年の9月19日に犯人逮捕しております。少なくとも9月30日末日には日本は北朝鮮が国家として組織的に日本人を拉致し、また実行途上にあるとわかったわけです。

 しかしながらその時に成すべきことを何も成さなかったのです。車の運転で言いましたように一つの機構を操作する責任者はそのことを適切に操作する義務があります。

 北朝鮮に日本人が連日のように拉致される、そしてそれは北朝鮮という国家の意思として拉致されている、そして怪電波は日本海に飛び交っている、このような時に日本国の内閣政府はすべての自衛隊また警察に、北朝鮮のその危険性を伝達して厳戒態勢をとらせるべきなのです。そういうこともまったくしなかったのです。

 たとえばこの柏の街で強盗が入って突然誰かが行方不明になったとします。しかしその犯人は捕まらないけれども犯人は未だに武器を持って今後10名20名を、強盗して拉致誘拐しようとしていると警察にわかれば、その警察は毎日パトロールを実施するでしょう。  

 国家としてそれをやらなかったために、45日後の11月15日には同じ日本海から13歳の横田めぐみさんが拉致されてしまったのです。そして年が明けた1978年昭和53年5月に田口八重子さんが拉致されました。7月、8月に今帰って来られている方々がすべて拉致されたわけであります。

 この拉致はすべて止めることが出来たと私は申し上げているのです。

 金賢姫は正真正銘、大韓航空機を爆破した金賢姫の日本人化教育の教官であります。金賢姫は14〜15枚の写真を見せられた中で、ためらうことなく田口八重子さんの写真を取り上げて、「私に日本人化教育をしてくれたのはこの人です、これが李恩恵と呼ばれる私の先生です。」と言ったのです。 

 何故、日本人化教育する時に女性の方が困難かといえば、女性は化粧服装の好みがあり、なかなか日本人を教官にしなければ成功しなかったのであります。今20歳代の女性で多く使われている化粧品、また匂い等々は男ではなかなかわかりませんが、同じ女性が見れば簡単に見破られるということです。したがって多くは日本人の女性が拉致されたのです。

 この田口八重子さんが「李恩恵」として、これを「蜂谷真由美」という女性に仕立て上げていくわけでありますが、「蜂谷真由美」とその父親と思われるような「蜂谷」という工作員2人が 大韓航空機を爆破していくのです。

 この大韓航空機を爆破した犯人の一人は死にましたが、(毒を飲んで)金賢姫はそのようにしたのですが、若くて体力があったので生き延びることができました。そしてすべてをしゃべったのです。

 仮に北朝鮮の予定通りに彼ら二人が死んだとすれば大韓航空機を爆破したのは「蜂谷」という日本人のパスポートを持った日本人であるとなっていたでしょう。 

 そうなればソウルオリンピックを控えた我々と韓国はどのような状態になったか、先程言いました朴大統領を狙撃した文世光との関係で対比していかなければ・・になる、極めてきわどい、運命の分かれ道というべきものが日本に幸いにしてですね、金賢姫が生き延びたわけであります。

 昭和52年9月の時点で30日がポイントだと、私が警察官でこれを不作為による日本人拉致の責任を日本政府の当局者に問うために立件するとなれば、昭和52年9月30日がポイントです。

 知るべきにもかかわらず知ることが出来ず・・と時は経過して日本人が拉致されるにまかせたのです。

 このときにもう一つ象徴的な事件がありました。9月29日にダッカハイジャック事件において日本政府がハイジャック犯人に屈服した日であります。

 つまりダッカにおける日航機ハイジャック犯人の・・凶悪犯罪者を刑務所から釈放して600万ドルの持参金をつけて正真正銘の日本人のパスポートを持たせて、ダッカの・・に送り届けたのです。

 国際社会において日本はテロに屈服したのです。

 しかし日本人に知られないテロが進行している、政府は知っている、そこでも屈服した、つまり日本人拉致問題に屈服したということであります。この内閣は福田内閣であります。内閣総理大臣秘書官は現官房長官であります。

 それともうひとつ今まで国民のことについて申し上げましたが、国家を成り立たせる物的基礎は国民の領土です。領土では何が起こっているかといえば申し上げますと、妙なことが起こっています。

 この昭和52年〜53年にかけて、その数年前に東シナ海で埋蔵石油が発見されたという報告を受けてから中国は・・。尖閣諸島は中国の領土であると言い張り、そして150隻の舳先に機関銃らを付けた武装漁船がですね、尖閣諸島周辺に現れました。わが領海を侵犯しながら「ここは中国の海である。この島は中国の島である。」という・・・。もちろん日本政府は腰を抜かしどうすればいいのかわからない状態だったのです。

 そこに現れたのが?小平中国副主席であります。これはその時の日中平和友好条約調印式のために日本に来ていました。

 そして彼は言うわけです、「これは子孫に解決を任せようではないか、我々の世代は棚に上げようではないか」とこう言ったのです。そして腰を抜かしていた福田内閣は「棚に上げようと、天下の?小平さんが言ってくれた」のでそれに直ちに飛びついのであります。

 何の抗議もせず日中平和友好条約の調印に入ったのです。調印は北京でやっておりますけれども・・・ということです。

 さてこれが過去、どういう結果につながったのかはご承知の通りです。言うべきことを言うべき時に言わねば将来に大きな禍根を残すといういい見本であります。

 ?小平さんは日本に来て中国に帰って直ちに棚から下ろした、日本はそれから10年20年まだ棚に上がっていると思っている。常に棚から下ろして海洋調査活動を頻繁に行なっているものと、未だ棚の上にあるものと思っているものの差が領土に関してこれから出てきます。

 さて、同じ内閣の時にダッカハイジャック、日本人拉致、尖閣をハイジャックするような重大事件が3つも起こっていたということをご記憶の上、それでも今の内閣よりもまだマシだということ、今の日本人よりまだマシだということはご記憶に留めておいて下さい。 

 つまり福田内閣は昭和53年8月12日に北京で日中平和友好条約を調印したのです。この3日後の8月15日福田内閣総理大臣は靖国神社に参拝しています。そして2ヵ月後の10月17日、中国が今騒いでいるところの東条英機氏他A級戦犯は靖国神社に合祀されています。

 そしてその5日後の10月22日、?小平国家主席は日本に来て福田総理大臣と会談して、日本が自衛隊を増強するのは当たり前だと、ソビエト・・・が存在する以上、日米安全保障条約は堅持されるのは当たり前の公約だと、中国はその時に靖国神社の「や」の字も出さなかったのです。A級戦犯の「A」の字も出さなかったのです。こういうことをどうかご記憶に留めていただきたいです。

 今、靖国神社問題が大騒ぎになっています。日本政府は、また小泉さんも言い訳をしております。言い訳する必要など全然無いのです!(声を荒げて)中国には、その時その時の国家の戦略としてそれに対応すればいいだけの話です。

 さてまた脇道に反れた話しですが、これが我が国の不作為の本質です。何故我が国は北朝鮮の日本人拉致に対して何も言わないのか、これは私の推測によると、靖国問題と同じなのです。つまり日本が朝鮮半島に悪いことをしたんだという贖罪、それとともにこれが今本音で重要なのです。

 北朝鮮の工作活動、中国の工作活動は、日本国内で完成しているということです。日本国内で完成している、敵のスパイ活動が完成しているということはどういうことをいうのか、日本人すべてが工作活動をされているという意識がなく、その活動の方針に従っているということです。

 我々は意識していないでしょ?中国の工作活動がどんなか、北朝鮮の工作活動がどんなか。意識することなく協力している状態、これが工作活動が完成ということです。銃を持たなくても一国を屈服させる活動が完成しているのです。

 したがって我が国から、核ミサイルを数百発保有して我が国に照準をあてている中国にODA援助が止まることはないのです。北朝鮮に対して米の支援は止まることがない。我々の北朝鮮に対する米の支援飢えに瀕する人々に行き渡るのならばもっとすべきだと思う。しかし行き渡らないのです。

 共産主義社会というものは食料を配給する社会なのです。その配給権を持っているのは最高権力者です。北朝鮮では300万人が餓死しているのです。配給する権限を持った社会で300万人が餓死するとはどういうことか。独裁者が意図的にある部分の国民には食料を配給しないということなのです。国民を飢え死にさせている体制なのです。そこに米50万トンを送って行き渡るとお思いになっているのでしょうか。

 日本の国会議員は、その米を売った責任者は我々に「あれはタイ米だ、タイのお米だから日本に余っているのだからいいのではないか。」と言い訳をしています。しかしそれは嘘です。あれはカリフォルニア米を送ったのです。カリフォルニア米は東アジアで簡単にお金に変わります。したがって日本から送った物には大きなキックバックがある、こういうことです。

 したがって米50万トンを送りたい衝動は、日本の政界から無くなることはなかったのであります。工作活動はそれほど成功しています。これが北朝鮮に不利なことを言わない、つまり北朝鮮の犯罪を「お前、国民を拉致したじゃないか」と、当然のことのように日本の政界から言わないようにしたのです。

 さて、私も含めて何故このように怠慢であったのか。それは戦後の日本のひとつの今我々は明確に気づいていないけれども、1日過ぎて目が覚めれば何故このような歪なことを放置していたのかと思うくらいに歪な戦後という政治があったからです。

 質問に至る経緯について申し上げますと、1997年の国会での質問、これは前年の平成8年の暮れに「現代コリア」という朝鮮専門誌が北朝鮮の亡命工作員の証言として、日本から13歳の女の子を拉致したということを聞いたと韓国でしゃべったのです。それが日本の小さい雑誌に出まして、それを私が読んだのです。

 そしてこの人は「横田めぐみ」という名前で、この子が拉致されたとわかったのが平成9年1月であります。これは「現代コリア」編集者の荒木和博君が私に教えてくれました。そして何とかしなければならないと思いました。

 亡命工作員が13歳の女の子を拉致したということは、これは日本人が引いては怒り心頭に発する内容であると、日本人以外の国民ならそう思うでしょう。ということはどんな反応を示してくるか、ずばり証拠を消してしまいます。

 「横田めぐみ」という存在を北朝鮮は抹殺するであろう、日本が何も言わなければ。今までのように自国民が拉致されても何の反応もしない政治を続けておれば「横田めぐみ」さんの命はない。したがって質問することにしたのです。その時に絶好のタイミングで予算委員会の質問が回ってきたのです。

 しかしながら質問日当日まで「実名」にするか「匿名」にするか「少女A」という名前にするか「横田めぐみ」という名前にするか、私はめぐみさんのご両親に判断を委ねて待っていたのでございます。

 お父さんが「今まで20年探し、何の手がかりも得られませんでした。実名でやって下さい。かりに「少女A」という名前でやったとしても、工作員があれほど具体的にしゃべっていれば北朝鮮は必ずわかっているはずです。実名もしゃべれない、日本は我々に本気になって喧嘩を売る気はないと思うでしょう。したがって今のうちに厄介者は消してしまおうということになりかねません。実名を出して下さい。めぐみの命がかかっているのはわかっておりますけれども実名を出して下さい。」

 これは拉致救出活動の画期的な、親としての苦しい決断をされたわけでございます。

 与えられた時間は50分少々でございますからこれで最大の山場として皆様に知っておいていただきたい問題があります。

 一昨年の9月17日前後の数日間のことです。これは今まで日本国政府は何であったのかという問題です。拉致問題を放置・が完璧に濃縮して現れた数日間であります。

 さて9月17日に日朝首脳会談は何故セットされたのか。

 それに先立つこの年表での、2000年の12月金大中大統領、北朝鮮訪問してノーベル賞受賞とあります。これは北朝鮮に訪問したからもらったノーベル平和賞です。これは北朝鮮の独裁者と握手して抱き合ったからで、この会談では5億ドルです。10億ドル吹っかけてきたけれど5億ドルに値切って5億ドルを金大中大統領は、北朝鮮に持って行って向こうの独裁者に受け取らせて会談はセットされました。

 では我が国の9月17日小泉さんが平壌でどうであったか、この会見条が謎でありました。冷酷に言いますが、破綻した我が日本国内の朝鮮銀行に対する公的資金投入1兆4千億円、これが会見条であるのです。1兆4千億円は、北朝鮮の国家予算の100年分であり、それが会見条であると明確に申し上げておきます。

 一昨年の9月17日の会談がセットされる前年の12月、破綻した朝鮮銀行に4000億円が投入されています。そして9月17日会談の発表の8月30日までに、ほぼ総額1兆4000億円が投入されることが確実になったのです。すでに投入された金額1兆円、あと4000億円は確実に数日後に投入、これが8月30日のことです。

 その間、日韓ワールドカップサッカーがあり、そのサッカー競技の最中に北朝鮮の艦艇が黄海を南下して韓国の警備艇に銃撃を加えて10名を死傷させました。これに対して撃てば響くように我が外務省アジア局長は「あれは偶発的事件だ、まったく重要な事ではない。」と言い張るのです。あの事件が偶発的に起こるはずはないのです。しかし日本はあえて偶発的な事件だという。

 ましてあの10ヶ月以上前に奄美大島沖から上海方面に暴走中の北朝鮮工作船が東シナ海に沈没した日本国外務省はあらゆる策を労して、日本の警察に、この船を引き上げて海上保安庁がそれを引き上げて証拠を収集することを口外した。

 したがって海流に流されてお台場に上がって展示されたあの工作船からは、すべての証拠はなくなっていました。何をしていたのかということは不明確なままです。

 これをすべて北朝鮮が見て「よし、俺の言うとおりにやってきたから会談を・・で小泉に足を作ろう。」これが9月17日の会談の内容なのです。

 したがってあそこで締結された平壌共同宣言は日本から北朝鮮に対する請求権を放棄が明確に謳われています。請求権は8兆円に上ります。1兆4000億円が100年分の国家予算に相当する国に8兆円の請求権を放棄したのです。それから数兆円のお金を支払う約束をしました。

 その間に北朝鮮が約束したことが書いてあります。「核は開発しない日本人の安全に配慮する。」しかし核は開発しないと約束をした北朝鮮はその間核を開発し続けていました。つまり向こうは嘘をついてやっていたということです。

 これは何を意味するのか、これは日本がアメリカが言う「テロ国家に対して世界最大のテロ支援国家になる約束」をしたのです。テロリストがアメリカワシントンに届く核弾頭ミサイルを所有する最大の資金を援助する国家に、日本はなるという約束をしたのです。

 ちなみに8兆円の請求権とは何かというと、言わずと知れた日本は戦前に北朝鮮に作った大きな社会基盤の総括です。

 あの戦前、日本国内でも水力発電所の最大の発電量は4万キロワットです。しかし同時に国内では4万キロワットしか発電能力がない水力発電所しか作っていない日本が、北朝鮮には70万キロワットの世界第2位のスイホウダムというダムを作りました。それで30万キロワットクラスを・・作っています。そしてその重化学工業地帯が北朝鮮の満州に生まれています。

 北朝鮮に残された工場設備とそのダム等の費用は今に換算して8兆円であるのです。これをすべて放棄しました。

 スイホウダムは朝鮮戦争のときにアメリカ軍が潰したくて潰したくて攻撃を繰り返したわけですが、ついにつぶれませんでした。

 今スイホウダムの壁には「金日成主席様の偉大な力によってこの巨大なダムは生まれた」とあります。これを放棄してきたというのが平壌会談です。数兆円のお金も約束してきました。

 これは繰り返しますが日本は核ミサイルを開発するテロ独裁者に最大の支援国家になる約束をしました。

 本質はもっとあります。平壌において拉致被害者の消息を向こうが言いました。

 9月16日に我々は首相官邸を訪れて、「内閣総理大臣に家族が会いたいと言ったら会わせてくれ。」とそのようにお願いしましたら、官房長官まで出てきて「明日の会談のために総理には澄んだ気持ちで平壌に行っていただきたい。我々は明日の会談の成功だけを考えている。今お会い出来る気ではない。」このように言ったのです。

 そして官房長官は「あなた方家族の気持ちは私の口から総理に伝えます。」こう言ったのです。

 つまり「平壌会談の前に家族と会えば明日の会談は失敗する、家族に会えば総理大臣の気持ちが濁る」と言ったのです。「家族の気持ちは私が伝えることは可能だ」と言う。

 これに対して家族は「官房長官、あなたの口から私どもの気持ちが伝わるものですか。あなたは私たちの気持ちを伝えることは出来ないのです。」と言って彼は顔面蒼白になってその場から出て行かざるを得なかったのです。

 しかしながら明日は家族の消息を皆様方に報告出来るようにしたいと、リアルタイムで平壌と東京にホットラインを開設すると約束をしました。

 そして9月17日、お昼時ですが外務省と飯倉公館との間にホットラインが開設されているので、家族は飯倉公館に集まっていただきたいと外務省からお願いが来て、それまで家族は自腹を切って東京に集まっていましたが、その時に限って手回しが良く、バスが外務省から付けられて家族はそれに乗せられて外務省の飯倉公館に行ったのです。

 そして午後5時前くらいにひとりひとり呼び出されて「残念ながらあなたのお嬢さんはすでに亡くなっております。」と死亡宣告をしたのです。

 しかしながら飯倉公館に家族を集めたのは、飯倉公館と平壌にホットラインがあったからではないのです。ホットラインはなかったのです。

 家族は午後3時から2時間以上も待たされたわけでございますけれども、その間に平壌から8名死亡5名生存という情報はリークされて、NHKのテレビに流れていました。家族はマスコミやテレビから遮断されて飯倉公館に缶詰めにされていたのです。死亡宣告をする絶好の雰囲気は飯倉公館の中に作られて現実に死亡宣告をしたのです。

 前日の約束を思い出して下さい。リアルタイムのホットラインは午前10時に言われたのです。しかしそれを午後5時まで延ばしたのです。確認作業は何もしていなかったのです。それがわかった経緯は申し上げませんが確認作業は何もやらず7時間も家族を缶詰めにしたのは外務省で、そして死亡宣告をしました。

 これは何を意味しているのか、もし午前10時の段階で向こうが出した情報を伝えていれば、平壌で小泉総理大臣は、あらかじめ作っておいた共同宣言に署名出来なくなります。小泉さんに共同宣言に署名をさせるためには家族に、署名の直前までこれを言わないでいればいいわけです。したがって家族を缶詰めにしたのです。断定出来ます。

 そして、外務省アジア局長は日本に帰って来るわけですが、死亡したと私も信じました。そして愕然としました。何故なら日本政府は確認したと言ったのです。

 そして私は午後8時頃、首相官邸に電話をかけました。明日、首相官邸に半旗を掲げてほしいと言ったのですが、すでに職員はすべて帰宅したと、警備員だけしかいないと言うのです。「何をしているのか、総理大臣の乗った政府専用機はまだ日本海の上ではないのか、何故、首相官邸からすべての職員がいないのか。」翌日の首相官邸には日章旗がいつも通りに掲げられていました。

 数日後、私が申した石原慎太郎知事だけが都庁に半旗を掲げました。ただしそれは数日間のことでありました。

 外務省アジア局長は向こうが出した死亡年月日リストを我々に見せませんでした。どういうわけかマスコミに洩れて一部マスコミに死亡年月日リストが出てしまい、それで我々にもそのリストを見せたのです。

 我々に見せればおかしいことがわかります。目撃証言というのがあります、何年何月に横田めぐみさんが目撃されていると。死亡年月日と合わないのです。

 それから北朝鮮という国は小さい国ではありません。名古屋と東京で亡くなった人が、同じ信州の病院で死亡診断書が書かれているなんて考えられません。不自然なことが多すぎます。

 先程も言いましたように北朝鮮は金正日指令のもとに、大韓航空機爆破を始めとしてラングーン爆破事件など、すべての国家テロに関与した日本人はすべて死んだことにしています。断定できるわけなのです。

 しかしながら日本国政府は9月17日は明らかにそれを信じた振りをして家族にも信じさせようとしました。そのために死亡年月日リストを隠したのです。これはいかに言い訳しようとも事実であります。死亡を信じれば家族は葬式を出さざるを得ない、葬式を出せばすべて終わります。

 したがって、その時日本国政府と北朝鮮は完全に一致したのです。拉致問題は解決済みになったと。今北朝鮮が一貫して拉致問題は解決済みだと言っているのはそういうことなのです。

 そのことが解決済みになればどういう事態になるのかというと、今頃数兆円のお金を渡しているという事態になります。

 ここから、日本を、国家を救ったのは拉致被害者の家族であると皆様に申し上げたいのです。「小泉さん、あの平壌で言われてきたことは嘘です、私の娘はまだ生きているのです。」とこれを言った瞬間に日本はテロ支援国家から免れたることが出来たのです。

 これは政府がやったのではないのです。情報を握っている外務省がやったのでもないのです。外務省はテロ支援国家に転がって行っていたのです。家族がやってくれたのです。拉致被害者救出運動はひとつの好機、救国運動です。国家を救う運動であるのです。

 さてそれから一貫して北朝鮮は解決済みだと言っています。しかしながら拉致は現在進行中のテロであります。このままでは済ますことは出来ないということで「外為法改正」いわゆる物とお金は北朝鮮に送らないという、これを日本独自でやるという法改正がなされましたけれども、アメリカが完全に日本と共同歩調をとってくれることになりました。 

 これも日本の外務省じゃないのです。家族が自腹を切ってワシントンを訪ねて、そしてアメリカ政府高官が「そんなことがあったのか、拉致はテロだ、私の娘がそうなれば私はどうなるかわからない」ここまで言うアメリカ人に会って、ここまで言う日本政府役人に会ったことはないのか、と言ってくれたのです。このアメリカの共同歩調と、日本国内の変化が北朝鮮をして昨年暮れからの接触に入って行かざるを得なかったのであります。

 しかしそこで最大の工作活動が今、効を奏しつつあるので最後に申し上げます。今最大の危機であるとご理解いただきたい、今拉致問題の最大の危機です。 

 つまり北朝鮮は向こうから対話路線を仕掛けてきました。対話路線を仕掛けながら、今年の夏の参議院選挙に向けてまた今後ウロウロする。小泉さんも選挙では勝ちたい、北朝鮮は小泉さんは平壌で署名した、したがって小泉氏がいる限り彼を操るつては出来ている、確保されている。小泉さんがもし参議院選挙で負けて政権を投げ出して行くならば約束した当の・・。

 そこで帰って来た5名のご家族8名を小泉さんが国民から拍手喝さいを受ける形で帰せばどうなるか、5名が帰ってきてからの6〜7ヶ月、日本のマスコミは8名が帰ってきたらどうなるのでしょうか。昨日は餅を食べた、昨日は墓参りした、昨日は笑った、そればかり数ヶ月放送される中で参議院選挙は小泉さんの圧勝である。

 その功名争い、タラップから8名を連れて降りてくるのは誰なのか、それは日本の政治史に選挙で負けることの無い議員として送り込む。しかし誰にあずけるのか、8名を渡すかは、北朝鮮の指導者の気持ち次第です。

 したがって単独インタビューをぶら下げられた日本のマスコミ、日本の政治家は北朝鮮の意向に反することは言わなくなっていくのです。

 ここに拉致被害者家族会が作ったパンフレットがあり、選挙の時のアンケートが載っています。

*拉致はテロと認識しているか、91%が拉致はテロだと。
*外国為替法改正賛成か、つまり北朝鮮のミサイルの部品となるような、開発するような部品、お金は止め北朝鮮に送らない、賛成81.4%。反対 はだいたい共産党と社会党です。
*特定船舶入港制限新法制定に賛成は76%。

 日本人が帰れないのに、物見遊山でにこにこ笑って北朝鮮の船へ1年間1400人が日本に来て、向こうから覚せい剤は持って来るは、あらゆる物を持って来るは、日本からは人を通じミサイルの部品やミサイルの原料を持って帰るは、こういうことを許していていいのでしょうか!

 今成立したのは外為法だけなのです。特定船舶は成立するのかどうかわかりません。

 それからもうひとつ私が検案して提出しようとして用意しているのは「出入国管理法の改正」です。日本人は帰してくれないのに在日の方々は毎年1万人も行って帰って来ます。その中には北朝鮮の7名の国会議員(在日)も含まれているのです!

 皆彼らはかわいそうだ、一般庶民は北朝鮮に親戚を人質に捕られていて、お金と物を持って行かざるを得ないと言っているのです。日本人が帰って来れないのに自由に行き来していて、しかも国会議員まで行き来しているのは、おかしいではないのですか!

 祖国に帰っていただくことは自由だけれどもまた入国していただくのは「普通の外国人のように審査しますよ」、というのがこの「出入国管理法の改正」です。

 これは成立が困難なのは北朝鮮の工作活動が成功して機能しているからです。

 そして金正日から8名を託されるのは誰なのか、与党内では固唾を飲んで眉を顰めている状態です。

 こういう状態が現時点の状態で、昨年の暮れに国会議員が北京に行き、外務省高官が平壌に行き、6カ国協議が行なわれたという流れになっています。

 北朝鮮の工作員として名前を正確に言いますと、吉田たけしという人物が金丸信さんの訪朝の時、米119万トンを送るあらゆる工作に関与して、昨年国会議員を北京に呼んだのもこの工作活動です。この人の工作活動が何故成功するのか、お金であります。

 朝鮮総連の幹部は1億円の現金を机の上に積んで、「言うことを聞かない日本の国会議員は一人もいなかった。」とこのように豪語しておりました。

 破綻した朝鮮銀行は工作活動の資金を出した銀行です。その破綻を補うために1兆4000億円の税金が投入されたのです。彼らから見れば本当に都合のいい現金支払機であります。そしてそれをフル稼働させようとしているということです。

 1万円の現金を、親戚が向こうの家族に渡してやれば10ヶ月間5人の家族が生活出来ます。それほど円というのは巨大なのです。向こうから見れば日本という国家は巨大なのです。

 ということは北朝鮮は日本という国家がなければ存立出来ない政権なのです。この政権に言うことを聞かせるためには、日本は寄生虫を排除するという姿勢を示せばいいのです。

 つまり人と物とお金の往来を日本は切断出来る機能を持たなければなりません。しかしそれをやろうともしない。

 しかしながら、法律がなくても出来るのです。ソビエトが大韓航空機を撃墜した時、日本政府はソビエト機の日本入港を禁止したのではないですか。「外為法の改正」は当たり前である。一般同盟国には武器輸出三原則が厳格に貫きながら、共産圏に対しては蛇口を開けたままという状態が未だ続いているのです。

 人の問題もそうです。先程ダッカハイジャック事件の時に、超法律的措置で囚人を・・に送ったということを言いました。あれは、超法律的措置であって、超法規的措置ではありません。政府がやる気になれば、国家と国民の尊立のために決断すれば何でも出来るのです。それが日本国なのです。

 どういうことかと申しますと憲法65条では「行政権は、内閣に属する」と書いてあります。「行政権は、内閣に属する」何でも出来ます。刑務所に収容されている死刑囚を釈放させて海外へ出すことも出来ます。

 ルフトハンザ機ハイジャック事件、ダッカハイジャック事件は同時期に起きています。西ドイツのルフトハンザ機がハイジャックされて、アフリカのソマリアのモガディシオ空港に着陸させられました。日本は先程述べたように、テロリストに屈服して言いなりになりました。ドイツはどうしたかと言えば、国境警備隊と言う軍隊をモガディシオに送り込んで、すべてのテロ犯人を射殺して人質100%、パーフェクトに救出しました。

 これをドイツはなんと言ったか?ドイツ国法にですね、国境警備隊海外に出してはならないと言う法律は無い、つまりここなのです。政府が今まで予想し得ない事が起こる事が敵なのです。予想し得ない事があらかじめ法律に書いてあるはずがないのです。

 この危機に遭遇した時に、政府は何を決断出来るか!これが国家であるか、国家でないかを分ける分水嶺なのです。ドイツは明確に国家である。その理由は法律に書いてなかった事を行ったのです。

 日本はどうでしょうか?日本政府は犯人側の要求どおり 服役中の赤軍派メンバーを釈放し、身代金を支払いました。その後、ペルーの日本大使館にゲリラが多数の人質を取って立てこるという大きなテロが起こりましたが、やはり日本政府はなすすべもなかったのです。

 テロに全面降伏をしてきたという前科が、金持ちニッポンをテロの格好の標的にしている可能性はいまだに続いています。今この拉致問題も同じことなのです。

 今、日本が国家としてこれから成り立っていけるかどうかは、この数ヶ月にかかっています。皆さんもこの事を良く考えてこれからの日本の将来について考え、行動して下さい。(・・は聞き取り不能)

 時間をだいぶオーバーしてしまいましたが、最後まで聞いていただきありがとうございました。(大拍手)

 

「拉致問題の本質とは何か」参考年表 
*以下の文中で「拉致」と記載されている箇所は「拉致される」の意味。
1950年6月(昭25) 朝鮮戦争勃発(北朝鮮が38度線を突破して武力南進)、1953年休戦協定
1959年12月(昭34) 在日朝鮮人帰国事業(日本人妻を含む9万人余が地上の楽園を信じて帰還)
1963年5月(昭38) 寺越武志さんと叔父2名拉致(「清丸事件」)
1968年1月(昭43) 韓国大統領暗殺未遂(北の武装工作員30人が大統領官邸襲撃)
同年 1月  北朝鮮、米国のブエブロ号を領海侵犯を理由に拿捕(乗員1名死亡、82名抑留)
同年 4月  美濃部東京都知事、朝鮮大学校を各種学校として認可
同年 9月  北朝鮮建国20周年式典で金日成「平和統一は幻想」と南に武力闘争呼びかけ
1970年3月(昭45) 日本赤軍派9名JAL旅客機「よど号」ハイジャック
1974年8月(昭49) ソウルで在日朝鮮人・文世光が大統領暗殺未遂(大統領夫人が暗殺される)
同年 11月  北朝鮮が武力南進のため掘った地下トンネルが発見される(その後も数本発見)
1977年9月(昭52) 久米裕さん拉致(「宇出津事件」)
同年 11月  横田めぐみさん拉致(当時13歳、中学1年生)
1978年1月(昭53) 韓国の女優、崔銀姫拉致、7月には申相玉映画監督が拉致
同年 5月  田口八重子さん(金賢姫教育係:李恩恵)拉致、子供二人ベビーホテルに置き去り
同年 7月  地村保志、浜本富貴恵、蓮池薫、奥土祐木子さんら拉致
同年 8月  市川修一、増元るみ子、曽我ひとみ、曽我ミヨシさんら拉致
同年 8月  富山県でアベック拉致未遂事件発生
同年 8月  レバノン女性4名拉致(平壌とレバノン赤軍派による共同工作とされる)
1979年11月(昭54) レバノン政府の抗議で全員帰国(後に1名は北に残された家族のもとに帰ったまま)
1980年1月7日(昭55年) 「サンケイ新聞」:「アベック3組ナゾの蒸発、外国情報機関が関与?」と報道
同年 6月  原敕晁(ただあき)、石岡亨、松木薫さんら拉致
1983年10月(昭58) ビルマ訪問中の韓国大統領暗殺未遂(ラングーン事件)、大統領は暗殺を免れる
同年 7月  有本恵子さん拉致
1985年2月(昭60) 韓国安企部原勅晃さん名義の旅券を保持していた辛光洙を逮捕(後に金大中が太陽政策の一環として無罪放免、辛光洙は英雄として北に凱旋)
1987年11月(昭62) 大韓航空機爆破事件(115名が死亡)
1988年1月(昭63) 金賢姫が、田口八重子さん(李恩恵)が日本から拉致されたことを告白
同年 3月  梶山静六国家公安委員長が拉致事件に北朝鮮の関与を認める発言(橋本敦議員への答弁)
同年 9月  ソウルオリンピック開催
1993年5月(平5) 北朝鮮、日本海へ向け射程1000〜1300キロの「ノドン」ミサイル発射
1994年7月(平6) 金日成死去
1997年2月3日(平9) 西村眞悟氏議員、国会で拉致問題について質問→横田めぐみさんの実名報道
同年 3月  「北朝鮮による拉致」被害者家族連絡会(家族会)結成
1998年8月(平10) 北朝鮮、「テポドン」発射、日本を越え太平洋に到着(北は人工衛星打ち上げと主張)
1999年4月(平11) 95年以来、北朝鮮2392万人の1割を超す250〜300万人が餓死(韓国情報筋)
同年 12月  外務省・横田邦彦アジア局長「たった10人のことで日朝国交正常化がとまっていいのか」と発言 
2000年12月(平12) 金大中大統領、ノーベル平和賞受賞(北への太陽政策が評価?)
2001年5月(平13) 金正日の長男・金正男偽造旅券で密入国、政府はVIP待遇で北京まで送還
同年 9月  NY同時多発テロ(9:11テロ)
同年 12月 海上保安庁巡視船、奄美大島沖で不審船追跡、不審船は交戦のあと自爆
2002年9月(平14) 日朝首脳会談、金正日「拉致は特殊機関の一部が勝手にやったことと釈明
同年 10月  拉致被害者5名帰国
2003年3月(平15) ケリー米国務長官「北朝鮮が化学兵器を保有していることを確信する」と言明
2004年1月(平16) 元赤軍派メンバーの子供6人帰国

 

aoinomama13 様
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