第3回県民集会 (茨城・水戸)

●日時:平成16年1月12日(月)13時半〜16時半(開場12時)
●場所:水戸市民会館大ホール (水戸市中央1−4−1)
●講師:蓮池透氏(家族会事務局長)
    安明進氏(元北朝鮮工作員)
    西岡力氏(救う会全国協議会副会長)
    杉野正治氏(特定失踪者問題調査会常任理事)
    三輪和雄氏(日本世論の会会長)
●主催:「救う会」茨城

 

<安明進氏の演説> 通訳 西岡力氏

私は1997年頃からこの拉致問題について証言を始めてそして今日に至ったわけですけれども、この間ずっと拉致問題についてそして北朝鮮の反道徳的犯罪行為についてたくさん告発して来たわけですけれども、今日このようにたくさんの方が話を聞きに来てくださったことを見ていると大変うれしく思っています。

最初に拉致問題について話をした時にですね、実は私自身北朝鮮の工作機関にいたものですから、その危険性についてよく知っていてですね、積極的ではなくて後ろ足に重心を置いたような形で発言を始めたのですが、その私の発言に対してですね、多くの人は信じられないという反論もありましたがそれを聞いて私はがっかりしました。

しかしソウルに横田めぐみさんのご両親が私を尋ねてきて下さいまして、初めてお会いした時に、娘を失くした両親の苦しみはこんなに深いものなのかということがわかってこれは隠れながら証言するわけにはいかないと、前面に出て証言しなければならないと、決意を致しました。また当時の日本の外務省の阿南局長が亡命者の言うことを信用できないという発言をなさったことによってむしろそんな人の発言に負けてはならないと逆に勇気を与えてくれました。(拍手)

そしてですね、家族会の皆さん、救う会の皆さんが一生懸命活動されて、私もそれに参加してきたわけですけれども、その成果として1昨年にキンショウニチが9月17日に拉致を認めて謝ったわけです。

そして結論はいくら独裁者が真実を隠そうとしても時間がたって、そして国民が一生懸命告発すればその真実は必ず明らかになる、そういうことです。

そして残念なことを言うと、キンショウニチが謝ったと言いますけどそれは本心からの謝罪ではないのです。
拉致した人についても、たった13人しか認めなかった、そのなかでも8人は死んだと一方的になんの証拠も示さずに言ってきた、傲慢なやり方なんです。

謝罪するというその席においてでも、まだ謀略を仕掛けてくるそのようなキンショウニチを絶対にここにいる皆さんは絶対に信じてはならないと思います。(拍手)

拉致された日本人がキンショウニチが明らかにした13人なんでしょうか?絶対にそうではありません。

ここにいらっしゃる皆さんはあまり国際的な脅威を感ぜずにずっと暮らしていらっしゃったから、韓半島の北と南の中で起きている色んなことをご存知ないと思います。

韓国は北との対立があるためにすべての海岸に鉄条網が敷かれていて、夜になると軍人が見張りに立つわけです。そして海には船と飛行機で警戒しているわけです。ですから韓国に侵入するのは非常に難しいのです。

ですから今まで数十隻の北朝鮮の工作船が、韓国と交戦状態になって沈没させられたり拿捕されたりして捕まったのです。また数十人の北の工作員が韓国の中で射殺されたり逮捕されたりしました。それだけ韓国侵入は難しいのです。そのような困難な韓国から何人拉致してきたかご存知ですか?4千人という人達を拉致していたんです。そして486人をまだ韓国に戻さないで抑留し続けているのです。

私はキンショウニチ政治軍事大学で工作員教育を受けたんですけども、そこに韓国から拉致された、そして工作員を韓国人に化けさせるための教官が80人以上いました。

しかし日本は、工作員達はこう言っているのです。日本に入るのはごはんを食べてトイレに行くぐらい簡単だと、そのようなところなのです。たしかに日本の海岸に行ってみてください。鉄条網はないし、見張りの軍人はいないのです。日本のこの長い海岸線、この複雑な長い海岸線、そして漁船が数万隻も出入りしているようなところを日本の海上保安庁が全部守れると思っていたら間違いです。

そしてまた私の立場から見て、大変嘆かわしかったのは、数年前まで日本は自分の領海に入って来た北朝鮮の工作船に対して、銃一発も撃たなかったんです。ですから北の工作員は工作船で笑いながら入って来て、時に見つかったとしても、ゆっくりと帰っていけば追っかけて来るだけで撃って来ない、そういうことです。

ですから率直に申し上げて実は、工作員学校の中で大変成績の悪い、その卒業生が恥ずかしいと思いながら配属されるのがチョンジン連絡所、日本担当の連絡所なんです。そこのチョンジン連絡所で、拉致した日本人はキンショウニチが認めた13人なんでしょうか、絶対にそうではありません。少なくとも1987年から93年の5月まで、私がキンショウニチ政治軍事大学に在学していた時に、その中には30人以上の日本人教官がいるということは学生達が全員知っている公然の秘密でした。
しかしその30人以上が拉致された日本人の全部かといったらそうでもないんです。拉致した人間の中で工作員の教師として使えるかどうか、選抜するわけなんです。学歴水準や精神の安定状態、思想状態を見てそして選ばれた人が30人以上だったというわけです。

ですから、キンショウニチが認めた13人そしてその家族全員を取り戻すことが出来たとしても、キンショウニチとの拉致における戦いは終わらないのです。

拉致した日本人、帰国した5人の子ども達家族を日本に送るのは当然のことなのに、北朝鮮は今でもそれをしないで、逆に5人に迎えにこい、北朝鮮に戻ってこいとか、日本側に謝罪しろだとか言ってますよね。北朝鮮は口ではそれは日本の家族を返すために言っているんだと言っていますが実際はその反対です。5人の家族を日本に返さない口実を作ろうとしてやっているわけです。

日本の国民の方はそのことをまだわかってらっしゃらない方がいるようなんですけど、北朝鮮が本当に5人の家族を返そうと思って言っていると思ったら、絶対に間違いです。

もちろん、その家族の何人かは返すでしょう。しかし全員は返さないで人質として捕っておいて5人を脅し続けると、そしてまた北朝鮮国内の日本人被害者に対しても、日本に戻っても家族は帰れないんだぞという脅しをかけるために絶対に捕まえて置くわけです。

今北朝鮮は5人が1度戻ってきて、8人の家族を説得すればいいと言っていますけど、その席で今何を準備しているかというと、子ども達に準備をさせているはずです。演技です。両親の手をとって泣きながら「お父さん、お母さん、日本に行きたくないよ、私はここで生まれたんだ、ここで暮らしましょう」ということを、練習させているはずなんです。

ですからその時に日本のマスコミをたくさん連れて行ってその場面を写させてですね、日本の国民に見せて、北側は送る気はあるんだけど本人が行きたくないと言ってるじゃあないかと言って、今盛り上がっている日本の世論を収めようとしている。
ですから5人がですね、1度北に戻るということは、家族を取り戻すということのつもりでいたとしても、むしろ家族を取り戻すために困難なことになると思うんです。

北朝鮮の統制力の元である北やそれ以外の国で家族と会うのではなくて、北朝鮮の統制力が絶対に及ばない、かといって日本の統制力も及ばないような第三国で会うということが出来るならば、それは考えてもいいと思います。

そして5人の家族を取り戻したとしてもそれで拉致問題の運動を終えてはならないのです。今ですね、北朝鮮で本当は生きているのに北朝鮮が公開したくないために死んだと一方的に言われて、そして助けてくれるのを待っている被害者がいるのです。その人達が(5人の)家族だけが帰って来た時に運動が終わってしまったらどう思うでしょうか?そして今後北朝鮮体制が崩壊してその人達が帰って来た時に皆さん方に会って、あの時どうしてこれ以上の運動をして下さらなかったのかと言われたらどう答えますか?

はっきりしていることは、キンショウニチ集団は悪の集団ですから長くは続かないということです。
ですから今、北朝鮮が延命しているのは韓国をはじめとする周辺国家の援助のために延命出来ているのです。このスローガンにもあります通り(拉致はテロだ!今すぐ経済制裁を!の垂れ幕の方を振り返って)、北朝鮮はテロ国家なんです。私自身テロ行為を学んでいたんです。拉致もテロという教育を受けていたのです
ですから国際社会の制裁を当然受けなくてはいけない北朝鮮に対して日本が経済支援をするならば、独裁政権の延命に手を貸している結果にしかならないのです。北に経済支援をいくらしても北の人民達の飢餓は続くんです。ただ支配層だけを助けるだけです。

韓国に今入っている4千名の脱北者の人達は、経済支援を「われわれは一口も食べていない、全部幹部と軍隊に入っている、そんなことはやめて欲しい」と言っています。

北の経済支援を行おうとする人達は実は、北の独裁体制の崩壊を望まない、北の悪をそのまま続けさせようと、そういう人達だと、北から逃げて来た者は思うわけです。(拍手)

経済制裁を通じてキンショウニチが、最後に日本に対して両手を上げて降伏してくるまで、皆さんは戦わなければならない。(大拍手)

日本は今後、北朝鮮に米支援・食料支援をしながら一方で、頬を殴られるようなそのような惨めな姿から脱して、言うことをきちんと言うと、北朝鮮に対して制裁をすることも出来ると、そのような世界第2位の経済大国にふさわしい、堂々たる国家になるべきだと思います。(拍手)

いつまでも過去にこだわって自分の言うべきことを言わない日本から脱皮して現実、この現実を1歩でも2歩でも良くしていくために、堂々たる日本、言うべきことを言う日本、制裁をすることも出来る日本になって頂きたいというふうに心から思っています。(大拍手)

皆様方と共に、最後まで戦うと誓って挨拶と代えさせて頂きます。(礼をする。大拍手)

 

 

 

<蓮池 透氏の演説>  (・・・は聞き取り不能)

(関係各位にお礼の言葉)
さて、昨年の7月31日をもって私の弟と祐木子が拉致されましてからちょうど四半世紀が経過しました。四半世紀と言いますればオリンピックが6回、ワールドカップが・回、生まれた子どもが成人してバリバリ働く、そういった年月に相当すると想像いたします。しかし、いまだ拉致問題は四半世紀もたっているのに解決しておりません。これほど長きに渡って日本人の人権が侵害され続けています。

昭和53年の7月31日に弟と祐木子が拉致されました。これは誰もがデートし、散歩するような普通の海岸でございまして、そこに不法侵入して来ました北朝鮮の工作員の手によって暴力的に、これ以上ない凶悪犯罪であり人権蹂躙であり国家主権の侵害、国家テロだということは間違いありません。まあこういう普通の海岸で拉致されたということは他のどなたにも拉致される可能性があったということでありまして、そういう危険な状態がいまだ継続している可能性があるわけでございます。もし・・ならば私たちと同じような目に皆さんお遭いになるということは明白でございます。ここの国民である限り・・・

弟たちは、自らの拉致された状況をなかなか語りませんでしたがようやく口にするようになりました。特に弟の妻祐木子の口から出ました言葉が、私の胸を強く痛めました。「目と口をガムテープでふさがれてその隙間からだんだん自分の慣れ親しんでいた町の明かりが遠ざかって行くのが見えた」ということでございます。いったいどういう気持ちでゴムボートに乗せられて行ったのか、到底私たちには想像できません。北朝鮮で、祖国日本に帰るという究極の自由を奪われてわずかに与えられた自由めいた、本当の自由ではないでしょうけどもそういう中で希望のない不毛な暮らしを強いられてきたわけです。

弟も語っています。すべて偽装され嘘で固められた身分で生活してきたと。子どもが唯一の生きがいであったと。日本に帰ってきてすべてをさらけ出して生きていけるようになってうれしい。この真実のもとで暮らせる・で子どもたちを早く返して欲しい。

またこんなことも。日本へ二度と帰って来るようなことは思わなかった。日本に帰ることを忘れること、それが彼らにとってのプラス思考、日本に帰りたいなどと考え始めたらもう死ぬしかない。私はこのプラス思考という言葉に非常にショックを受けました。私らの24年間、彼らは絶対に生きているとプラス思考で頑張って参りましたが、本当にそのプラス思考という言葉には愕然と致しました。さらに毎日朝起きて天井を見て、ここは日本ではない、夢よ覚めろ、覚めてくれよと、何度も何度も思ったそうでございます。我々は夢を見てうなされれば、はっと目が覚めて、はぁよかったと息を・・するのが普通でございますが彼らはまったく逆のことをやっていたわけでございます。

ようやく・・・・の家族離散の状態におかれております。人権蹂躙もはなはだしいと思います。二代に渡って拉致行為を働いているに等しいこの卑劣な北朝鮮というところを私は絶対に許すことは出来ません。そういう彼らの生活を・・・私たちの家族はある日突然、理由もなく、家族の一人が姿を消しまして残された家族に何が出来るかと、地元ではUFOの仕業ではないか、神隠しだと、いや駆け落ちだと、色々な話が出ました。頼りどころもなくて最後は占いや神仏にすがるしかなくなると。気持ちの持って行き場がなくて、どこにぶつけていいのかわからない日々。自分自身の中にストレスがどんどんたまってきました。しまいには家族の間でも弟のことを話題にするのがタブーになってしまいました。話題にのっていてもぐるぐる回るばかりで結論など出ないからであります。延々に続くような重苦しい、当ての無い時間、まさに蛇の生殺しという状態がずうっと続いて来たのでございます。

昨年、一昨年、小泉総理がキンショウニチと首脳会談に臨みましたがその時に、13歳で拉致されて死亡と報告された「横田めぐみさん」という名前が頭の中にあったのでしょうか?あの平壌宣言にサインされる時はどうだったのでしょうか?考えてもみていただきたいと思うのですが、もし日本国内で13歳の女の子が誘拐されて、それも死亡と言われ、犯人が目の前に居たらどうでしょうか?それは誰だって怒ると思います。私はあの日、小泉総理に怒って欲しかった、「ふざけるな」と言って席を蹴って帰って来て欲しかったのです。(拍手)

弟たち5人はひょんなことから小泉総理にお会いしました。総理はおっしゃったわけです、「20年だっけ?」5人の誰かが「総理、違います、24年間です。」総理は「そうか、24年間良く頑張った」とおっしゃったそうでございますが、弟は我々が・・希望を捨てるなと
「総理、何に希望を持てばいいんですかと聞けばよかったなあ」と言われましたので、私が「そう言えばよかったじゃないか」と「総理、希望を持たせるようなこと、何か言ってくれよとそう記者会見で言えばよかったじゃないか」と言いましたら、「それは言えないだろう、俺達は政府を信頼して子ども達を日本で待つと言っているのに、一国のリーダーである総理に批判めいたことを言ったらすべて終わりじゃないか」とそういうふうに弟は言っておりました。

つまり彼らの気持ちは24年前の純粋無垢な青年そのままなのです。24年間見捨てられてきた日本政府に対してどうしてくれるのかと、どう責任とってくれるのかというようなことは一切言いません。それは私を含めて周りの人間が言っているだけです。

北では自由がなかった、どこに行くにも、誰と会うにも監視人が付き、本当の自由はなかった。会いたい時に会いたい人に会える、行きたい時に行きたいところに行ける、そういう我々にとってはごくごく平凡なことですけども彼らにとってはそれが一番の幸せだと。彼らは北朝鮮でギリギリの生活、いわばサバイバル生活をしてきたのだというふうに思います。そしてまだ、まだまだ多くの日本人が北朝鮮でサバイバル生活をしているのです。24年間、何もしてくれなかったこの日本政府に対して、この後に及んでまだ信用していると言っているのですから、国、政府、外務省は彼らの気持ちを重く受け止めてやらなければいけないと思います。良く頑張ったとか希望を捨てるなとかそういう言葉をかける次元の低さにあきれてしまいます。

しかし出国1年3ヶ月に過ぎて5人の心中は決して穏やかではないと思います。北朝鮮に対する怒り、憤り、日本政府に対する不満、不信は積もり積もってもうのど元まできていると思います。「拉致されて悔しい」、帰国1年後にしてようやく弟は語りました。また「政府は相手の出方をすべて考えてどう対応するのか髪が白くなるまで考えろ」というような不満めいたことも言い出したこともありました。しかし5人は思いのすべてを口に出すことは出来ません。それは北を刺激してはならない、日本政府を信頼するところからきているのです。そういう思いが自分自身のストレスとしてためていかなければならないのです。

それは弟の次のような発言によく現れています。「子どものことは心配だけれども、動揺はしない。子どもが帰って来てくれないのはつらいけれども試練だと思って頑張る。この1年3ヶ月は試練だったけれども、自分自身が日本人であり日本で暮らすということを広く世間の皆さん、及び北朝鮮に印象付ける強く印象付ける、異常に重い1年3ヶ月だった」というようなことをかいがいしく言っておりますが、返ってそういう言葉を聞きますと痛々しく感じられます。

これ以上彼らを苦しめることは出来ません。私にはもう見るに耐えないのです。1度だけ弟に聞いたことがあります。「この1年お前は何を生きがいにして生きてきたのか」聞いたことがあります。弟は「兄貴、そんな古風な言葉、よく知っているなあ」と言った後、「そんなものないよ」と「だけど俺達は絶対にくじけない、なにものにもくじけない」また「24年間の生活で身についてしまったんだ」とこういうことを言うのです。そういうふうになってしまった弟を不憫に感じると同時に、本当に愚問をしてしまったと後悔いたしました。弟の24年間というものはそう簡単に自分にわかるわけがない、実際にそういう目にあった自分でなければわからないというふうに感じました。それをいとも簡単に「気持ちはよくわかる」とか「理解できる」とかそういうことを言うのでしたら、それは弟達や他の4人に対して失礼なことだと思います

とにかく当事者意識がないのです。政府も外務省も多くの政治家たちも真剣に日本人を救出しようという意識が本当にあるとは思えません。多くの拉致被害者とその家族の気持ちを慮り、優しさなどは微塵も感じられないのです。昨年の8月の北協議の後、藪中代表はおっしゃいました。週単位で北朝鮮の大使館とやりあっているとおっしゃいましたがあれはいったいどうなったのでしょうか。これは憲法にもうたわれ国際条約にも規定されている人権問題なのです。四半世紀以上に渡り人権が侵害され続けているのです。世の人権論者は、何故声高く日本人の人権を守れと叫ばないのか不思議でなりません。外務省の人権人道課、法務省の人権擁護局、私は看板を下ろしてもらいたいと思います。(大拍手)

一昨年の9月17日で行政は一変したのです。それまでは疑惑の拉致、でっちあげだと言われて我々運動も結構阻害されましたし、私も朝鮮総連の方に囲まれて色々なことを言われたこともありました。しかし疑惑でもでっちあげでもなく真実だということがあの日以来わかったのですからこれで政府、外務省も本気になってやってくれるだろうと、これまでのようなことはないだろうと私達は思いました。しかしそうではありませんでした。その後、事態は一向に動きません。むしろ後退させるようなことをする政治家や官僚がいるほどです。我々もやっとここまできて新たな戦いが始まるというふうに思いましたが政府、外務省も9月17日、あの一日で拉致問題を幕引きにしようとしたのではないかと私はいまでもそう考えています。つまり外務官僚の、日朝国交正常化交渉が国益だというこの不条理・・な思惑に、パフォーマンス好きな小泉総理が乗り、わが身の栄誉に従ったという許されざる、国益に反する北朝鮮外交が行われたとしか思えません。それは9月17日の出来事を見ていただければ一目瞭然だというふうに思います。ようするにこういうことなのです。8人はかわいそうだから、かわいそうだが死んだと、だから葬式出してあきらめなさい。5人は生きている、しかし5人は北朝鮮がいいと言っている。家族が5人に会いたければ北朝鮮に来なさい。事実5人は調査団が撮影してきたビデオで盛んに両親の訪朝を訴えていましたし、帰国当初は一時帰国という名目で言われておりましたが、その目的は両親をはじめとする家族に訪朝を促す役割を負っていたということでございます。

拉致した人間を返そうともせず、性懲りもなく自分の利益のために利用する、そういう卑劣極まりないところなのです、あの北朝鮮というところは。

そういうことで一件落着、さあ、日朝国交正常化スタート、これが外務省が描いていたシナリオだったんだと思います。これではどこの国の政府、官僚かまったくわかりません。

しかし5人は向こうに戻ることはいたしませんでした。そこで、大きなボタンのくいちがいが生じたのだと思います。その帰りの真相は明かされておりません。北朝鮮は拉致という国家犯罪、国家テロを犯したのです。日本にとって被害者の身柄を要求するのは当然の権利であって、これを交渉のカードにするなど、もってのほかのことだと私は思います。

小泉総理には、「こんなことをする国とは、宣言など出来ない、一度持ち帰って考える」と帰ってきてもらいたかった。あるいは5人が生きていると、会わされたのであれば即刻連れ戻して欲しかった。それも拉致の「ら」の字も書いていないあの屈辱的な平壌宣言にサインをして帰ってこられた。私はあの宣言、サインこそ諸悪の根源、この膠着状態を招いている現状だと思います。確かに小泉総理が拉致問題の扉を開いたというふうにおっしゃる方がいらっしゃいますが、もしそうであるならば総理自ら再度訪朝なりをしてこの問題にしっかり決着をつけるのが小泉総理の役割ではないかと思います。(大拍手)日本政府が未だに北朝鮮自ら反故にしたあの平壌宣言に則りなどということを言っております。もはや弊害化、・・死文化した(?)あの平壌宣言に則ると。これはまさに・・だと思います。今まで対話の席に着かされていて、そういう名目でいったい何をしてきたか。なんトンお米を出してきたか。120万トン、7000億円相当のお米を無償で援助してきたわけです。そのお米は末端の苦しんでいる方々に伝わったかどうかは定かではありません。横流しされたか、軍の備蓄米になるか、お金に換わるかのいずれになると思っておりますが。そういう支援をして何が起きたかといえば、核開発を行い、テポドンが飛来し、相も変わらず日本近海を工作船が徘徊しているという状況が続いております。

5人の扱いも冷たいものです。国会に出ている皆さんは「支援法」を作ってそれで満足してしまっているような気がしてなりません。24年間の、失われた24年間のアフターケアは誰がみてくれるのか、身柄一つで帰って来た日本人の面倒は誰がみるのか。国ではないですか。これまで見放されてきたのですから、「国にもっと甘えて好きなことをさせてもらえ」と私は弟に言いますが、弟を含め5人は真面目ですから「これ以上、国に迷惑はかけたくない」というような殊勝なことを言っておりました。だいたいこの国に何で「拉致の対策本部」が無いのか、これは我々5年も6年も前から政府、外務省等にお願いしていることでございます。24時間、拉致事件にかける準備してこの問題をどういうふうに解決するのか、どうやって救出するのかを考えるプロジェクトチームがあってもいいと思うのですが、今は、政府、外務省もいわば色々ある仕事の中の一つ、片手間としてやっているわけでございます。責任者は誰なのか、誰が責任を持ってこの問題を解決していくのか、担当大臣ぐらい置いても私はいいと思います。370人以上にも達しようという特定失踪者、こういう人達の相談窓口もありません。荒木さんを始めとするボランティアの方々がやっているのです。まったく不思議でなりません。つまり日本政府にはポリシーがないのです。拉致問題をどうしていこうかというポリシーがないのです。戦略もない。日朝国交正常化こそが、国益だと多大なカン違いをしている外務官僚のいいなりになって従っているだけだとそういうふうに思います。

我々家族は覚悟を決めているのです。北朝鮮に圧力をかければ北に残っている家族がどうなるか、わからない。そういうリスクがあると思います。「圧力をかけなければとにかく前に進まないのだから」と当事者が覚悟を決めて言っているのに、政府、外務省はのらりくらりと一向に動きが見えないし、皆さんの家族のことを安ずるということをおっしゃいます。それは逆ではないでしょうか。政府、外務省が・・・・いって家族がいやちょっと待ってください、我々の家族の身の安全が心配です、というのが普通の国家じゃありませんか。もう時間がないのです。こうしている間にも北に残されている日本人は苦しんでいます。日本で待っている家族にしてもどんどん年老いて亡くなっていきます。一昨年から、地村さん、増元さん、それから家、もう関係者がどんどん亡くなっていきます。人間はいつか死ぬ、それは摂理でございますが、穿った見方をすれば関係者全員が死に絶えてしまうのを待っているのではないだろうかと、こういうことさえ思ってしまいます。

とにかく「対話」の段階は過ぎていると思います。これは先ほども申し上げましたように歴史が証明しております。私はなにも北朝鮮と戦争をしろと言っているのではありません。日本政府は経済制裁も辞さないという姿勢をはっきりと伝えなければならないと申し上げているのです。何に怯えているのか、何に躊躇しているのか、北朝鮮の恫喝に怯えて譲歩すれば彼らの術中にはまります。今まで日本政府は北朝鮮に対して厳重抗議をしたことがあるとは聞いたことがありません。せいぜい・・程度です。何故、怒るということをしないのでしょうか。北朝鮮を刺激して、日朝国交正常化が遠のくのがまずいとそういう考えが存在しているとしたら言語道断であります。そのために今は「アメ」しかありません。これは大きなアドバンテージです。北に対する経済支援というのは大きな日本の有するアドバンテージです。しかし「ムチ」を持っていません。「ムチ」すなわち、ここにも書いてありますように(後ろを振り返って「拉致はテロだ!今すぐ経済制裁を!」の垂れ幕を指して)「経済制裁関連法案」を成立させ整備に急ぐ必要があります。それから衆参両院に拉致問題を集中審議する「特別委員会」を設置する必要があるというふうに思っております。我々が昨年に行ったアンケート結果によれば、そういうものはすぐに出来て当然でございます。もしそれが出来ないのであれば、アンケートに答えた衆議院議員は選挙でこの問題を食い物にしたとしかいえないのであります。(大拍手)

「アメ」と「ムチ」が揃ってこそ私は有効な交渉、要求が出来ると思っております。「アメ」と「ムチ」を巧妙に使い、したたかな外交を、これは政府、外務省の手腕にかかることでございますが、今のところ相手の出方を見極めるだとか、慎重に対処するとか、こういう態度をとっているようでは、何年たってもこのままの状態が続くとしか思えません。この窒息状態に風穴をぶち開けるべく、動いていただきたいと思います。つらいのはもちろん帰国した5人でもありますし、もっとつらいのはずさんな情報を元に死亡とされた8人、不明と言われた2人のそれらの家族かもしれません。25年以上待たされてもうこれ以上は待てません。我々の我慢にも限界があることをわかっていただきたいのです。そのためには、政府、外務省は、知恵をしぼり、ありとあらゆる方策を検討し、対応していただかなくてはいけないと思います。政府方針にも掲げられていますように、「早急に5人の家族を取り返さなければならない」と思います。そうしなければ次のステップには行けないのですから。皆様の、国民の世論がなければ外務省のシナリオ通りにことが運び、日朝国交正常化が果たされる、大規模な経済支援が行われていた可能性があります。皆様の力でそれを阻止することが出来ました。このような状況下で北朝鮮との国交を望む国民がいるのか私はわかりませんけれども、この問題は決して風化させてはなりません。正義は勝つ、それが真理です。それがまかり通らないとすれば、もはやこの国の将来、未来はないというふうに思います。子ども達の教育上にも大きな問題になると思いますし、その子ども達の未来も無くなると思います。そして国家は滅びるというふうに考えています。

私達「家族会」は「救う会」と協調して「決してくじけない」と言っている5人の強い精神力に負けないよう拉致された日本人とその家族を奪還するため、全国に展開していくつもりです。それにはぜひ皆さんの協力が必要でございます。大きな国民運動、大衆運動として政府、外務省の動きをぜひ冷徹な目で監視していこうではありませんか。

最後に昨年来、話題になっております、平沢議員を・・・北京会談について申しあげます。昨今のマスコミ報道を見ていますと「出迎え方式」やら「謝罪」やらが一人歩きしておりまして私非常にその誤解に対して戸惑っております。迷惑しております。その会談が行われた北朝鮮側の言い分をより詳しく聞きますと、なんら従来の主張と変わっておりません。「いったん5人を北朝鮮に戻せ、そこで相談して各5人の家族の意思を確認してこの意思通りにやる」というようなことであります。私達はこのような非公式ルートでも話しに乗ることはできません。そんなリスキーなギャンブルは弟たちにやらせることは望みませんし、彼らもきっと望まないでしょう。これはいちかばちかの問題ではないのです。確固としたものがなければ彼らも望むことはないと思います。私達の見解は年末に申し上げた通り一致しております。「すべて政府の公式ルートを通じてことを運んで下さい。」それが我々家族会の本来の一致した見解でございます。これは昨年末に家族会と救う会で出した声明でございますけれども、要するに今回の平沢議員と北朝鮮の接触においても日本との協議に応じる・・・。平沢議員を始めとする日本側の主張に対して「日本政府と協議には応じられない」という北朝鮮の言葉がありました。これでは我々はこういった話の内容に従うことは出来ません。我々の望むことはただ一つです。「日本政府との協議に応じなさい。北朝鮮も日本政府の協議に応じなさい」というのが我々の見解です。その間、我々は「拉致はテロだ!今すぐ経済制裁を!」という国民運動を継続してやっていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いしたいと思います。ご静聴ありがとうございました。(大拍手、後ろの日の丸に頭を下げる)

 

aoinomama13 様
http://www.geocities.jp/aoinomama13/

 

 

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