緊急・山口集会

●日時:2004年12月28日(日) 午後1時半〜
●場所:パルトピア山口防長青年館大ホール(山口県山口市神田町1−80)
●講師:有本明弘氏(有本恵子さん父)
    西岡力氏(「救う会」全国協議会・常任副会長)
●主催:「救う会」山口 

 

-----西岡さんは、まず北朝鮮側の大使の名刺を見せた。北朝鮮側の大使について、この人物は、クアラルンプールで行われた日朝国交正常化交渉の場にも出てきた人物らしい。

この大使は、偉そうな態度で、敬語を全然使わない。日本語の通訳が付いていて、こちらが朝鮮語が分からないと思っているのか、通訳は丁寧語を使っているが(会場から笑声)、ぞんざいな言葉遣いでやっている。

今回の北京での会談には、平沢さんのところに北朝鮮側から会いたいというふうに言ってきました。北朝鮮側が良くやってくる手なんです。「日本政府は信用できないが、先生なら信用できる。」そう言って、日本の政治家を相当騙してきたんです。

平沢さんは、拉致議連の事務局長だが、拉致議連というのは実は一度解散して新しくできています。去年の3月に古い拉致議連が解散した。
その理由は、古い拉致議連の会長だった中山正暉という者が、2000年に日朝友好議連の会長になりました。拉致議連の会長兼日朝友好議連の会長ということになって、拉致議連の会長を辞めてくれればいいが、辞めてくれない。友好議連の会長になって、朝鮮総連のインタビューを受けて、「拉致は幽霊のようなものだ。明るくなったらなくなっちゃう。」拉致議連の会長が、そんなことを言った。中山正暉も、家族会が出来た直後に拉致議連を作った時は、元気だった。

日本政府の作った拉致被害者のリストを持って北朝鮮に行って、今回の大使よりももっと上の人に会って、激しくやりとりをして、リストを相手に渡して帰ってきた。それが97年の10月。そして帰ってきて、今度は98年の3月に二度目に行って、それから帰ってきたら、急におかしくなった。帰ってきてから記者会見をやって、「拉致議連の名前を変えたい。行方不明議連にする。」と。北朝鮮は拉致というのはでっちあげだと言っているから、行方不明者議連にすると。で、北朝鮮に米支援しようと。そして、一人か二人帰ってきたら、国交正常化して大規模に経済援助しようと。後の人は、国交正常化した後に探せば良い。そういうふうになってしまった。

それで、いろいろ調べてみると、これは韓国の政府関係者から聞いたのであり、中山さんには後で聞いたが彼ははっきりとは言わなかったが間違い無いと思うのだが、一回目か二回目ははっきりしないのだが、北朝鮮から彼はこういうことを言われたんですね。
「誘拐犯にお前は誘拐犯だと言ったら、人質は帰ってきますかね?」
これはヒントなんですね。拉致は認めたわけでは無いが、聞きようによっては拉致を認めたように見える。しかし、刺激したら駄目だと。北朝鮮が拉致と言うな、行方不明者と言えと言っているのだから、それは呑んだ方がいい。コメをくれと言っているのだから、コメを出した方が良いと、そう思わせるようなとを言う。
「先生が来てくれて良かった。あんなに率直に、日本側の思いを言ってくれた人はいませんでした。外務省は信用できませんが、先生なら信用できる。」
そういうことを言うわけなんです。

安明進を初めて呼んだ時に、拉致議連の会長と一緒に記者会見をやろうとしたら、中山先生は安明進は出て行けと言う。そして、記者に対して「安明進の証言は信用できない。」と言った。と言うのは、北朝鮮は安明進の言うことはでっちあげだと言っていたから、北朝鮮を刺激したくない。持っているパイプをつないだままにしたい。そして、こんなことも言っていた。
「道を歩いていると、ロープが落ちている。ロープを引っ張ると、牛がついてくる。」
これは、非公式には、よど号の犯人達を帰国させる。そうすると、有本さん達がついてくる、ということなんです。それで、北朝鮮に行くたびによど号の犯人達と会って、「帰って来いよ。」などということを言っていた。 そして、去年の3月に、八尾恵さんの証言があったわけなんですが、有本さんのところに電話して来て、「八尾はああ証言したが、おたくの娘さんは北朝鮮が拉致したわけではない。日本人が日本人を拉致したんだ。救う会の運動と手を切りなさい。そうすれば、私がご両親を北朝鮮に連れて行って、恵子さんに会わせてあげる。」そう言ったわけなんです。その電話は、有本さんのお母さんが受けられたんですが、「そんなことはできません。みんなが帰って来なければ駄目なんです。」と、答えられたのですが、そしてその後また6月に救う会のある幹部に、言っている。つまり、北朝鮮に何か言われているんです。刺激しなければ会わせてあげますよと。しかし、結局、9月に恵子さんは死んだと言われて、結局彼は騙されていたわけなんですね。

私はすぐ彼のところに電話して、本人は出てこなかったが、「あなたは日本人だろう。一方的に死んだなどと言われているのだ。生きていると言っていたんだから、根拠を出せ。どこで誰に言われたんだ。それをもって北朝鮮を追及しなければならない。日本人を助けようと思うんだったら、あなたが聞いていたことを全部話せ。」とそう言ったし、月刊誌にも書いたのだが、何の返事もない。で、今度の選挙にも出なかった。出たら、有本さん達が反対候補のところに行って、マイクを持って(会場から大きな笑い声)絶対言ってますから、怖くて逃げちゃったわけなんです。

有本さんのところに電話をかけて来たところで、さすがに国会議員の中でもひどいじゃないかということになって、今の拉致議連は全部解散しようということになって、一度解散しました。そして、一旦解散して、新しい拉致議連「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するための行動する議員連盟」というのが出来て、最初から事務局長が平沢さん、幹事長が西村真悟さん、そして会長は石破、今の防衛庁長官がやって、その後中川さん、そして今の会長になったんですが、今度は新しい拉致議連の事務局長に向こうが焦点を絞って、揺さぶりをかけてきたんです。
あ、またやってきたなと、僕らは思ったわけなんです。

言ってきた人自体は、昔、加藤紘一だとか、野中だとかのところに出入りしていた、日本にいる北朝鮮の代理人のような男なんです。そういうのを使ってくるわけなんです。また、うまいんだ。北朝鮮は。「もしかしたら、8人の人は全部死んだと言っているけど、2、3人生きているかもしれませんよ。」と代理人のような男が言うわけなんですね。北朝鮮は言わない。そうすると、何か新しいことが出るかもしれない、情報は取らなければいけないから。それでも平沢先生は、すぐに狙われていることが分かった。元々警察出身ですからね。(会場から笑い声)相手のやり方は良く分かっている。で、一人で行かなかった。一人で行ったら危ない。一対一だったら、言った言わないになる。

それで、超党派で議員連盟が出来ているから、民主党から一人連れて行くということになった。で、松原仁先生を連れて行った。松原先生は、拉致議連の事務局次長。だから、事務局長と、次長が行った。自民党と民主党、与党と野党がちゃんと一人ずつ入ったんです。自分一人で手柄を立てようとか、そんなんじゃないんだと。議連の枠の中で、もちろん、議連としてちゃんと承認を取って行ったわけじゃないんだけど、議連の枠の中で行動しようということで、民主党からも一人連れていった。

そして、それから救う会からも一人西岡を連れて行くと、平沢先生は北朝鮮に言った。そしたら、北朝鮮は、「西岡だけは絶対に駄目だ。」(会場から笑い声)と、そう言ったらしい。それで、平沢さんは、「それじゃあ行かない。」と「こちらが頼んでいるわけじゃないんだ。来てくれと言っているだろう。」と断った。そしたら、「西岡でもいい。」(再び笑い声)ということになった。そのかわり、一筆書かせろと。「平壌宣言に基づいて、この会談を壊さないように発言します。」とか、そんなことを書かせろと言ってきた。私がそんなことを書くわけがない。ノーと言った。それでも結局行ったわけです。

そしたら、場所も最初は北京にある北朝鮮大使館だと言う。「そんなところに行けるか。こちらが決める。こちら側のホテルの、一時間前に通告するから、そこに来なさい。」と向こうが何か仕掛けをするかもしれないから。そしたら、向こうが本当に来たわけです。

向こうは、5人来ました。その内3人は外務省の人間で、後の2人は分からない。若いんだけど、たぶん工作機関の人間でしょう。監視役で、それと結局拉致問題は北朝鮮の外務省が担当しているわけではなくて、工作機関が担当しているわけだから、それが2人いたのだと思います。

向こうは、平沢さんを中山正暉さんにしようとしたわけなんです。狙ってきたわけなんです。こちらはこちらで狙いがありました。何を言うのか、情報をまず取ってやろうというのが一つ。もう一つは、与党と野党と救う会の代表が行って、経済制裁をしますよということを言うということです。このままあなたちが5人の子供を返さないとそれからそれ以外の10人について、正しい情報を出さないで死んだとか北朝鮮にいないとか、嘘ばっかりつき続けて、寺越さん達事件を始めとしてまだ日本政府が認定していないたぶん3桁にのぼるであろう拉致について真相を明らかにしないならば、粛々と新年の通常国会で特別委員会を作って、経済制裁法案を通すと、そして経済制裁をしますよと、アメリカも味方ですよと、金正日に伝えろと。」そういうことを言いに行きました。それだけは意味があります。

平沢さんは、「西岡君、最初に喧嘩したら駄目だから、最後に喧嘩しような。」と言っていました。(会場から笑い声) 向こうが何を言うか、まずカードを聞いてからということで、随分私は我慢したんだけど。そいういうことを事前に相談して行ったんです。

松原先生は、日曜日朝のテレビ番組の出演があったから、午後だけでした。我々は、土曜日の朝に行って、土曜日の午後4時から1時間半ぐらい、日曜日の10時から12時ぐらいまで2時間ぐらい、3回目は日曜日の4時から5時ぐらいまで、合計する4時間半ぐらい、えんえんとつまらない話を聞かされました。ほとんど、北朝鮮は、今まで言っていることと同じ。労働新聞に出ていることと同じで、一部新聞で、北朝鮮が新しい提案をしたと、5人が飛行機に乗って迎えに行って飛行機を降りなくていいと、空港の中で子供達と会って、子供達を説得して連れて帰ってもいいと言ったとありますけど、それは誤報です。空港で会わせるとか、入国手続きをしなくていいとか言っていません。

その報道を見て、私は記憶に無かったから平沢先生も憶えてないんですが、もう一回メモを見てもみたが、ありません。間に入ったエージェントみたいな男が、非公式に後ろの席でそんなことを言っていたが、北朝鮮の代表は言っていません。

彼等が言うのは、とにかく日本が約束を破った、ということ。北朝鮮は、拉致を解決するつもりがあるんだと。5人の子供達を日本に送ってもいいんだと。8人についての情報が一部間違っていたことは認めますと。それは20数年前の話で、古い記録がちゃんと無かったんだと。継続して調査を続けますと。という準備は出来てたんだが、日本が約束を破ったから調査を中断した。全部日本が約束を破ったのが悪いんだと言う。
「じゃあ、誰と誰が約束したんだ?」と聞いたら、言わない。
平沢さんに、「あなた警察なんだから、日本で自分が調べなさい。」と言った。(会場から笑い声)
こちらが、「田中均じゃないか?」、田中均が当時の局長だった。彼が約束したんだ。ミスターXだかなんだかいう人と。そう聞いても言わない。 誰と誰がいつ約束したのか言わない約束を守れだなんて、こんな馬鹿な話はないじゃありませんか。

平壌宣言の時、北朝鮮は、赤十字の名前で日本の赤十字に文書を出した。5人の生存者については、本人の意思に従って、里帰りや日本帰国について便宜供与を図ると言っている。本人の意思に従って。最初本人達は、北朝鮮にいる時は、一時帰国したいと言っていました。言わされていたんです。日本に来て、やっぱり日本で家族を待ちたいと言っている。被害者なんだから、本人の意思が変わればそれでいいんです。北の赤十字も、本人の意思に従って一時帰国も帰国も便宜供与を図ると言ったのだから、途中で本人の意思が変わったとしても、今ここで本人が日本に残ると言っているのだから、何の問題もないわけです。

本人の意思に従って、最初日本政府は2週間だとか言っていた。北側が伝えてくる本人の意思は、今回は永住帰国じゃない、一時帰国だと、本人の意思が言っていた。今回は子供を連れて来ないと、本人達の希望だった。そう言われていた。まあ、我々はそんなことを信じてはいなかったけれども、北はそう言っていました。

日本に帰ってきて、本人達が今は堂々と言っている。日本で子供達を待つと。被害者が希望を出せば、それに従うのが加害者の務めではないですか。犯人なんだから。それで、「お前ら加害者じゃないか。被害者の希望を叶えるのが当たり前じゃないか。赤十字の文書だってあるぞ。」と言ったわけなんです。そうしたら、急に顔色を変えて、「何を言っているんだ。俺たちの方が被害者だ。植民地時代に日本人は800万人拉致した。」(会場から笑い声)そういうことを言うわけなんです。

それで、平沢さんに席を立とうかとこうやる(服の裾を引っ張るしぐさ)と、「まあ西岡君待ちなさい。(引っ張る手を叩くしぐさ)相手が何を言うか、有本さん達のことがまだ出てないから、言うかもしれないから、それを聞いてから立たなければいけない。」と。私はそこで止めようかと思って、本当にむかついていたんですけど、そうやりとりがあったんですが、歴史問題なら僕も言いたいことは一杯あるが、そこをやっていると喧嘩になるから、「認識が違いますよ。」と、「植民地支配は日本政府の公式見解は、合法的なものだったというものですよ、当時の国際法というものもそうだったじゃないですか。」とそれだけは言い返しました。「800万人だなんて、そんなことはしてませんよ。」と。
そういうやりとりもあって、ちゃんと言わない。

ところが、具体的に向こうから名前が出たのは、田中均かと言っても言わないんだけど、中山恭子さん、「恭子」と、名前まで言うんだけど、「中山恭子は5人を迎えに来た時に、空港で曽我さんの家族に15日間で帰しますよと言った。約束があったから言ったんだろう。」3回ぐらい中山恭子さんと言いました。約束があったのか、誰と誰の約束だったんだと聞いたら、中山恭子さんに聞いてみなさいと言いました。しかし、迎えに行ったというのは、迎えに行く前に約束があったわけである。迎えに行った人が約束してくるわけではありません。それだし、中山さんに聞いてみたら、「当時15日だなんて自分は何も聞いていなかったから、一週間から二週間の間、本人の希望によってということになっていた。15日だなんて言えるはずがない。」と言っていました。

あと悪い人は、斎木審議官。
斎木さんは、北朝鮮に対して、拉致の真相の調査官で行った。さきほどの死亡確認書、でたらめがあったというのは、それを取ってきた人なんですよ。机を叩いて、北朝鮮は口でいろんな説明をしたのだが、何も紙とか物証を出さなかった。こんなことで帰れるか、家族が待っているんだぞと、死亡確認書か何かあるはずだろうと言ったわけです。そしたら急に北の人がいなくなって、2時間したら書類を持ってきた。その8枚の内7枚が同じ病院で、ゴム印の位置まで同じだった。3枚は手で押しているゴム印の位置が同じなのだから、ゴム印を押してからコピーを取っている。出鱈目そのもの。めぐみちゃんのだけが、精神病院で死んだということになっているから、精神病院のものになっているが、後の7枚はまったく同じ。
北のコピー機の調子が悪かったのか、変な影のようなものが映るが(会場から笑い声)、その影の位置までおなじ。同じコピー機でコピーしたというのがわかる。しかし、死んだと言われる年代は、市川さんは70年代であり、石岡さんは90年代はじめ、15年間ぐらいにわたって4つの道、北は県のことを道というのだけど、そこで亡くなった人達の紙がなんで同じコピーになっているのか。その病院も695病院という同じ病院になっているが、695病院というのは、安明進に聞くと、695という番号自体が隠し番号で、金正日政治軍事大学の番号なんだと。人民軍695部隊というように、金正日政治軍事大学のことを言っているんだと。695病院というのは、金正日政治軍事大学の中にある小さな病院のことを言っているんだと。そこで偽造してきた。だいたい、平壌市内から車で3〜40分かかる。で、ポンポンポンとゴム印を押して、ワ〜ッと作って戻ってきて、2時間で大体合うわけなんです。(会場から笑) それを持って帰ってきたのが、斎木さんなわけです。机を叩いて。それを、斎木は嘘つきだというわけです。我々が資料を出したら、何回もお辞儀をして、「ありがとうございました。」と喜んで帰ったと。そうしたのに、日本に帰ったら北の言っていたデータが間違っているとかなんとか言っていると。あいつも嘘つきだというわけです。

それから、藪中アジア太平洋州局長。あれも嘘つきだという。
前の田中さんのことは、一切言わないんです。藪中アジア太平洋州局長がなぜ嘘つきかというと、今年の8月の6者会談の時に、北朝鮮と接触して拉致問題について話をしたという。そしたら、北朝鮮が最後の日に、平壌宣言に基づいて拉致を含めて全ての問題について協議をすると答えたと言っているんです。その回答に基づいて、北京の大使館を通じて、北朝鮮に話し合いをしようしようと言っているわけですけど、北がはいと言わない。今の現状はそうなんです。それに対して、北朝鮮の今回出てきたテイというのは、あの人は嘘をついているという。6者会談は、核問題を話し合う場所だ。拉致問題は話し合う場所ではないから、拉致の話は応じなかった。ところが藪中さんが、廊下で急に袖を引っ張って、何か一方的にしゃべったと、それだけだと。こちらが何か話し合いをするなんて言ってないのに、あいつも嘘つきだと。

3回ぐらいですね、中山、斎木、藪中を3回ぐらい名前を出して批判するんです。
でも、田中のことは絶対言わない。わかりやすいなあと。何が味方か、良くわかりますね。(会場から笑声)

先ほど、外務省の中にも頼りになる人がいると言われた(注:有本さんの講演のこと)けど、向こうから批判されてる人は頼りになるんです。
向こうがかばう人も、いまだに外務省の中にいるんです。そういうとこが問題なんですけど。私たちが信頼している、つまり家族会、救う会が信頼している運動している人達を嘘つき扱いして、疑心暗鬼を起こさせる。で、平沢先生は信頼できますという。これもおかしいでしょう?だって、5人を残せと一番強く言っていたのが平沢先生で、救う会なんです。で、それを受けて、安倍さんと中山さんが、政府の中で決定したんです。約束違反だけしからんと言っておきながら、平沢さんは信用できる。西岡も信用してもいい。全然合わないんです。論理的に。つまり、先生だけ信用できるということをやる手なんです。

それで、5人の家族を、5人が迎えに来なくても、あなたたちの国は政府が命令すれば行くだろう、そういう国じゃないかと平沢さんが言うわけですね。
「いや、我々はそんな独裁国家じゃありません。」(会場から笑い声)
「個人の意思を尊重する。」(会場から再び笑い声)
と言って、「平沢先生、淋しいですね。」と言う。「先生は我が国のことを知りません。一度北朝鮮に来て、普通に道を歩いている労働者と対話をしたらどうですか。」来て下さいというわけなんですね。で、一回目の会談が終わった後にですね、平沢さんのところに個人的に電話があって、「西岡抜きで会いたい。」と言ってきた。(会場から笑い声)電話があった後に、すぐ先生から私のところに電話があって、どうしようかと言われるので、「危ないですよ。」と言って、駄目だと言って断った。

向こうの狙いは、一本釣りと攪乱です。そして、5人の子供にも本人の意思があるんだということを日本に伝えると、日本の世論に。今は帰さないのはけしからん、けしからんと言っているじゃないですか。で、本人達がはっきり出て、自分の意思で帰らないと言っているじゃないですか。そうすると、どんどんどんどん北朝鮮に非難が集まるわけですね。しかし、あの子達は北で生まれたんだ。北にも意思があるんだ。親がなんで迎えに来ないんだ。ちょっと聞くと、なんとなく納得しそうな論理なんです。まあ、救う会や家族会に反対するような立場の評論家の人達が乗りそうな論理なんです。

5人の人達を日本に残すと政府が決定した時も、朝日新聞の投書欄なんかには、逆拉致だ、なんてのが出たわけです。本人が北に帰ると言っているのに、なんで日本政府が勝手に残すんだと。実は、本人達は残りたいと言っていたわけなんです。秘密裏にです。公開の席で残りたいと言ったら、北に残っている子供のこともあるし、もう一つは日本政府を信用していなかったんです。公開の席で残りたいと言っても、約束があると言って帰されちゃうかもしれない。そしたら、一番最悪ですよね。言われたとおり帰ってこない。帰りたくないと言ったのに帰されちゃう。そういうことがおこりかねたんです。田中均という人は、実は本人達が残りたいと秘密に言っているということを言っても、帰すべきだと言ったんです。(会場からざわめき)それは官邸の中の、激しいやりとりがあったんです。だから、彼をかばうわけです。小泉政権は、まだその人を外務省の中の官僚のNO2に使っている。審議官として使っているわけです。だから、まだまだ予断を許さない。外務省の中の本質は変わってないと(有本さんは)言われましたが、それは私も賛成です。確かに、昔に比べると外務省の中にも物を言う人が増えてきたということはある。でも、だから、本人達は不安だったから、秘密裏に中山参与に伝えた。「日本政府が残してくれるなら残る。」と。

で、残ったわけですが、今度は家族がどうなるか、北朝鮮で本当のことが言えるのかどうかということが、問題の核心なわけです。言論の自由があるのかどうか。政治犯収容所があって、反体制のことを言ったならば、もう裁判無しに捕まる国ですよね。労働党の命令は絶対なわけです。そういうところで生まれて教育を受けている人達が、自分の意思なんかを自由に言えるのか。だから、まずは日本に連れてきて、日本で親子が会って、そこで日本政府はその結果戻りたいというのならいいですよと、言っているんですよ。被害者の家族に、加害者がするのは、最低限まず一度戻すということです。それを向こうで生まれたか本人の意思があるなんて、まったく通用することのできない論理ですね。だから、我々は120%本人が戻ることはありえませんと。それよりあなたたちの方が本人(子供達)を説得して、送ればいいじゃないかと。そういうやりとりになったんですけども。

ただし、その時向こうが言ったのは、そんなに心配ならば、国会議員が付いて来てもいいですよと、マスコミが付いて来てもいいですよと言いました。そして、その付いてきて、そこで5人と5人の家族が意思を確認する時に、立ち会ってもいいですよと言ったんです。でも、それは大変なことなんです。向こうは、本人の意思ということを言っているわけです。そうすると、そこで急に5人の子供か誰かが、急に「お父さん、北朝鮮に残ろうよ。」と言った時にどうするのか。その映像が生中継で日本全国に流れちゃう。世界に流れると。それは、本人の意思ということを強調するのは、そこがあるんじゃないかと。そうすると、抑留しているんじゃないんだ、本人が居たいと言っているんだということを宣伝できる。

人質が、犯人の管理下にある時にしゃべった言葉というのは、その人の本当の意思だとみなすことはできないわけです。今人質状態なんですから。そんなものが本人の意思だと言うこと自体が間違っているわけなんです。犯罪者が暴力的に連れて行った時に、本人の意思を聞いて連れて行ったのか。本人の意思を聞いていない以上、まず原状回復する、向こうで生まれた子供を日本に戻すというのが、犯罪解決の第一歩です。

しかし、そういうエサを投げて来てですね、今マスコミの報道も、北が新しいことを言ってきた、本人達はどうするんだ、親としては迎えに行くつもりがあるのかどうなのかと、本人達に圧力がかかっている。悪いのは犯人なのに。犯人が帰せばいいわけですよ。金正日が絶対だと言っているわけでしょう。金正日が拉致を謝ったんだから、金正日が本当は家族のところに来て謝ればいいわけなんですよ。あなたた達は被害者の子供達なんだから、申し訳なかった。日本に行って日本に住みなさいと。金正日が謝ったということを、本人の子供達は知らないだろう。そんなところで自由な意思なんか無いだろうと言いましたけどね。金正日が絶対的で、金正日が小泉さんに謝ったんだから、家族のもとに来て、あなたたち朝鮮人と今まで思っていたのかもしれないけど、実は我が国が犯罪を犯して、両親を苦しめてその結果生まれた子供なんだけど、今両親が日本で待っているんだから日本に行きなさいと、将軍とかなんとかが言えばいいわけなんですよ。そうすると、向こうに生まれた人達は、その命令を聞くわけじゃないですか。それで終わりなんですよ。それを、そういうことをしないで、なんか揺さぶりをかけてきた。拉致議連の事務局長を、秘密を共有することで揺さぶりをかけようとした。そして、本人達の意思ということを強調して、平沢さんが秘密を共有しないで公開しちゃったわけですね。あの手に乗らないように。

でも、公開したら公開した内容が、その内容が本人達に対する圧力になるように、日本の世論が本人達はどう思うだろうかというふうに質問が行くような電話をしてきた。問題は、北朝鮮が帰すか帰さないかなんですよ。帰さないならば、制裁をしますよと、悪いのは相手なんですから、拉致というテロが今でも現在進行形で続いているわけなんですよ。ある政治的な目的をもって行われる暴力行為を、テロというわけなんですよ。拉致も、テロなんですよ。

そして、もう一つですね、10人の問題ですね。そこでは、「確かに、死んでいることは死んでいます。しかし、細かい間違いはあります。そのことは再調査をします。しかし、いずれも、そのことは5人が帰って来てからです。私たちは知らなかったんだ。最高指導者も知らない、一部の人間がやったことなんだ。」と言うわけなんです。それも全く嘘なんです。なぜ8人を死んだ、2人を未入国と言ったのか、ということの鍵はそこにあるんです。

田口八重子さんのことを考えれば一番わかりやすいんですが、田口八重子さんが帰って来て、韓国に今住んでいるテロリストの115人を空中で爆殺したキムヒョンヒさんと会って、「あの時ああだったわねえ。」と言って抱き合ったらですね、20ケ月一緒に暮らしたんですから、20ケ月田口八重子さんとキムヒョンヒさんは一緒に暮らして日本人に化ける訓練をしたんだから、もうお互いに懐かしくてしょうがなくて、こうして抱き合いますよね。と、キムヒョンヒは115人を殺せという命令は、金正日から受けていると言ったわけです。金正日の直筆の命令書があった。日本人に化けてテロをしろという命令を出したと言うことが、拉致のことを知らなかったらなんでできるんですか?蜂屋真由美というパスポートを持って、日本人としてテロをしろという命令をキムヒョンヒにしたわけなんです。それは、田口八重子を拉致して20ケ月を作ったからできるんです。

実は、拉致を命令したのも金正日なんです。1976年に、金正日が拉致命令を出しているんです。これは、ぜひ安明進さんにここに来てもらってですね、昨日広島の集会では彼が詳しくそのことを言ったのですが、聞いて貰いたいと思うのですが、実は、安明進とそこで売っている(注:会場の入口で、関係書籍の販売が行われていた。)徳間書店の「北朝鮮の拉致工作員」の本にもそれは書いていないんですよ。拉致命令について。それは、そのことを書いたら殺されるかもしれない。拉致について証言するということも、大変勇気のいることだったんですけども、金正日の責任を書くのが、一番危ないんだ。当時、97年に金正日の前の妻のお姉さんの子供、だから甥なんですね、韓国に亡命しまして、整形手術までして隠れていたんですけども、事業に失敗しておカネが欲しくなって、金正日の私生活について本を書きました。そうしたら、北から工作員が来て殺されちゃった。射殺されたんです。ソウルの中で。そういうことがあったんです。実際、その射殺したのも、安さんの先輩の工作員だった。知っていると言ってました。名前を聞いた時に。だから、金正日について触れるというのが、一番危ないんです。で、彼は、それは書かなかったわけなんです。本の中に。

しかし、そのことを言ってくれたのはですね、98年の7月の終わり、家族会と救う会が安さんを最初に招聘して、全国で縦断講演会をやったわけです。最初、新潟に来てたわけなんです。新潟空港でやった記者会見で、「実は」と言って、「自分はこの日本に来る飛行機の中で、いろいろ考えて来た。」と。「北朝鮮で目撃した、日本人の顔を思い出した。」と。そして、
「韓国で横田さんのお父さんとお母さんに会って、拉致された人達には一人一人あのような家族が居るんだなあ。」と。
「拉致された後、家族がどんなに苦しんできたのかということが、横田さんの両親に会って分かった。」と。
「自分にも両親が居て、北でどんな暮らしをしているか思うと、よく分かる。」と。
「その家族会から呼ばれて日本に行く以上、知っていることを全部話さざるをえない。」と。
「人間として申し訳ない。」と。
「だから、命の危険はあるかもしれないけども、拉致の命令者は金正日だということを話します。」と言って、記者会見をしたわけです。
で、そこで、「根拠は?」と。
76年に拉致の命令をしたというが、彼は76年には金正日政治軍事大学には居なかったわけですから、その根拠は何かというと、1987年から93年まで、彼はその政治軍事大学、スパイ養成学校、テロリスト養成学校にいたわけですよ。射撃とか、拉致の訓練とかやるわけですよ。爆破とかもあるわけですけど、それだけでは実技だけじゃなくて、教科書で習う、教室で習う科目もあるわけです。金正日がいかに偉大な人か、そういうのも習うわけです。革命の歴史とかですね。その科目の中で、教科書に書いてあったというのです。

1974年に金正日が後継者になって、74年から75年にかけて工作機関に来て、そこで過去の工作活動について点検事業を行ったと。そして、その結果、過去の工作事業はなってないという結論を出して、76年の初めに新しい命令を出した。その一つに、工作員教育も変えなくちゃいけない。工作員の現地化を徹底的にやれと。そのために、現地人の教師を連れてこいという命令を出した。それで、拉致が本格化したと。現地化というのは、日本に侵入する工作員は日本人に徹底的に化ける、韓国に侵入する工作員は韓国人に徹底的に化けるというものです。で、安さんは韓国に侵入する工作員だった。工作員養成学校の中には地下施設がありました。地下施設に、ソウルの街並みが復元されていた。(会場からざわめき)カラオケ屋が3軒あるんだそうです。で、クリーニング屋とか何とかあるわけです。そこで、ソウルに行ってどういう暮らしをするのか、物の値切り方とか、カラオケ屋での注文の仕方とか、全部習うわけです。そこで働いているのは、韓国から拉致された人たち。実際にそこで目撃した人の中に、5人の高校生がですね、1977年から78年に海岸から居なくなった人達がいるわけですが、そこで働いていたということが、安さんの証言で明らかになっているわけです。でも、その地下道の中の奧の方に、安さん達の入れない領域があった。
もしかしたら、日本の街を復元しているところがあるのかもしれない、と彼は言っているんですが、それはまだ分からないんですけどね。

つまり、韓国に侵入する場合には韓国人に化ける、もうどんどんどんどん異質化しちゃってますから、そのために韓国人を拉致してくる。日本人に化けるためには、日本人を拉致してくる。キムヒョンヒは、1980年に、平壌外国語大学の学生だった時に、党の工作員として召喚されたわけなんです。これはもう、本人の意思は全く関係ないんです。個人の意思で何とかとか言ってるけど、工作員になるのに無いですからね。日本に行くときぐらい無いって、当たり前なんですね。もう学校を途中で止めさせられて、呼ばれるんですよ。お前、工作員になれって。そしてなってみたら、同級生が、彼女を入れて8人だった。お互いに衝立があったそうです。外国に侵入する工作員が、1人が捕まっても別の人間が分からないように、顔を見えないようにしている。それで勉強して、最初に渡されたのが日本の小学校の国語の教科書。日本語の基礎を勉強して、「お前達は最初のケースだから、教材集めが大変だった。」というふうに言われたと、彼女は手記に書いています。そして、81年から82年にかけて、20ケ月、キムヒョンヒは田口さんと一緒に暮らしたわけです。日本人に化ける訓練として。

「初めてのケースだから」と、つまり、76年に拉致指令が出て、77から78に拉致が集中しているわけです。めぐみちゃんは、77年です。78年には蓮池さん達アベックがみんなやられている。曽我さんもそうですよね。そして、キムヒョンヒが80年に党に召喚されて、8人同級生が居たわけです。20ケ月というのは、1年より多いですから、1人に20ケ月1対1で訓練をするのだったらば、16人の教官がいなきゃできない。そういう人達を確保して、日本人に化けるコースが始まるのが80年。毎年8人いれば、87年まででシチハ50人ぐらいの日本人に化けた工作員が居て、その中の一人を金正日が選んで、爆弾持って115人殺して来いと命令したわけなんです。

で、日本人のせいにする。テロをやりながら、テロを日本のせいにする。あれは、イラクからソウルに帰ってくる飛行機ですから、中東には赤軍派が居たわけです。あの時成功していればですね、北朝鮮の影は出てこないんです。韓国にテロをやったと。日本の赤軍派がということになったならば、その直後に半年、10ケ月ぐらい後にあったソウルオリンピックに、日本選手団が行けたのかと、日の丸を持って歩けたのかと。危なかったんです。本当に、ソウルオリンピックを潰すために、日本人に化けたテロリストを使ったわけです。あの時、彼女が生き残ったから、悪事がばれたわけです。で、田口さんが帰ってきて、キムヒョンヒと抱き合ったら、今の言ったことが全部事実だということになっちゃうわけです。金正日が知らないなんて言えないわけなんです。直筆の指令を渡したということを、言っているわけですから。だから、死んだと、するしかなかった。

あるいは、市川さんとか、めぐみちゃんとかは、安さんが絶対見たと言っているわけなんです。どこで見たか、テロリスト養成学校で見たわけです。金正日政治軍事大学の中で見たと。金正日政治軍事大学は無いと言っているんです。今でも北朝鮮は。そんなところは無い、テロリスト養成なんかしていない。だから、はっきりとその中で見たという人は、死んだことにしましたよね。市川さんと一緒の増元さんは、【結婚したことはほぼ間違いないと思うんですけど、死んだことにしました。】(注:【】内は明確には聞き取れなかった部分です)
蓮池さん達、それから地村さん達は、安さんが見てないと言っていた、その人が出てきた。

(ここからしばらくは、演壇の右横に座っている有本さんご夫妻に向かって話されていました。)
有本さんの場合はどうなのか、有本さんたちはねえ、まだ全部は分からないのですけど、政治軍事大学では無い可能性が高い。よど号の犯人達が拉致をしているわけです。ただし、安さんが聞いているんですけど、最初は76年に日本人拉致をやった時には、とにかく闇雲に取ってきた。そうしたらば、工作員の先生に使えない人もいた。それで、日本の協力者を使うようになって、拉致がしやすくなった。それは聞いたというんです。工作員学校の中で。その協力者の中に、もしかしたら赤軍派も入っていたのかどうか。だから、時期としては、77から78に、道ばたで取ってくるような拉致に引き続いて、ヨーロッパでの拉致は84年から始まっているんです。ちょっと遅れているわけです。協力者を使うということで、そちらの可能性も充分あると。80年から83年の間に、八尾恵とかがみんなヨーロッパに出て行って、仲間づくりとかやっていたわけですね。ただし、工作員の日本人化というのはですね、これは安さんが言っているわけではなくて私の考えですが、二種類あったんじゃないかという気がするんです。つまり、北朝鮮の人間を日本人に化けさせるだけじゃなくて、日本人を北朝鮮の工作員にしてしまう。

先ほど出てきた八尾さんは、日本で証言しましたよね。なぜ日本に居るのかと。使命を受けて、また日本に戻って来たわけです。拉致をするという使命を終えて、平壌に戻りましたよね。その後、また日本に行って来い。何の使命を受けたかと言うと、自衛隊の中に北朝鮮のスパイを入れる。そういう使命を持って、日本に入って来て、横須賀でスナックをやっていた。その主要なお客さんは、防衛大学の学生です。あの時、日本の警察が優秀でですね、八尾さんを捕まえられたから数ヶ月しか営業してなかったから大丈夫だったんですけども、1年、2年やっていたらですね、八尾さんと大変親しい防衛大学の幹部が、どんどん上に上がっていくと、北朝鮮に情報がどんどん抜けていくと、いうことが起きたんです。

あるいはですね、キムヒョンヒが、大韓機を爆破したのが、87年の11月です。ソウルオリンピックは88年なんです。ソウルオリンピックめがけてなんとかテロをしようとしてたんです。日本人に化けたキムヒョンヒにやらせたら、彼女がしゃべっちゃった。で、次の手だと。有本さん達を拉致したのはよど号グループですけど、そのリーダーは田宮という男だった。田宮という男が北京にしょっちゅう出てきて、北京で丸岡という、今度は重信という赤軍派のテロリストグループがいたわけです。中東に居た方です。赤軍派は、北朝鮮に行ったのと、中東に行ったのと二つあるんです。ところが、その中東に行った方のNo2が丸岡なんです。そのNo2が北京に来て田宮と会った。87年の12月。その後、日本に来たんです。そして、彼は韓国行きのチケットを持っていた。ちょうど87年の12月は、韓国の大統領選挙だった。

大変申し訳ありませんが、この後約5分間ほど、機材の不調で記録が中断しています。
記録再開後も、録音状態が悪くて聞き取りにくく、内容が不正確な部分が多くなっています。

(約5分間の記録中断後の続きです)
遺骨が無いなんて、そんな馬鹿な話はないわけです。土葬なのに、大体川よりも高いところ、山の上に作るんですからね。流れてたなんてありえないんです。一体も出さないということ自体が、生きているという証拠です。ただ、北朝鮮は金正日が拉致を命令したと、拉致の目的も、テロを日本人のせいにするというもう一つのテロだということは認めたくないんです。しかし、向こうは焦ってきた。私にまで会ったんですからね。

私は、最後の席では、絶対手を出して「金正日が命令したんだろう!」と言ってやりたかったんですけどね、それをやろうとすると、平沢さんに「待て、待て。」とやられるから、子供達の帰国問題という当面のことがありますから、当面のことが北朝鮮が黙っているからということもあって、その場では言わなかったんですが、しかし、本質はそういうことなんです。でも、焦ってきた。それこそ、僕がこんなことを書いているということを、向こうは良く知っているわけなんです。平沢さんに、西岡を外して会いたいと行ってきた理由はですね、西岡は悪い奴だと。あいつが朝日関係について阻害するようなことを沢山書いてきたんだということを全部私たちの記録に持っているんですということを言うわけですね。私の(聞き取り不能)を全部知っているわけなんですよ。

しかし、そういうことを言っている人間にも同席させざるを得ないようなことが何かといったら経済制裁です。今回の衆議院選挙で、拉致はテロだ今こそ経済制裁を、ということで、アンケートをしたんですね。で、お配りしましたチラシの裏に、その結果が出ておりますけども、全当選者の91%がテロだと言ったんですよ。土井たか子さんを含めてですね。(会場から笑声)テロだと答えたんです。そして、経済制裁のための、日本は変な国なんです。日本は、今でも国際社会の合意があれば、経済制裁できるんです。現行法規でも。しかし、日本一国ではできない。日本の安全のために経済制裁をすることはできないんです。それが、国際社会の合意があればできるんです。南アフリカという国がアパルトヘイトをやっていましたね。貿易をやめたんです。国際的に。

日本人が拉致されたことについて、日本でできない。変な国なんです。これは。有事法制が無いのに、(聞き取り不能)法案をを先に作ったりするようなことなんだけど、おかしいと、日本国の安全のためにも経済制裁ができるように貿易を止めると、送金を止める、ということができるような法律の改正をしようということ、そういうことへの賛成が81%だった。そして、今度は万景峰号をはじめとする北朝鮮の船の入港を禁止するための法律、これは新法が必要です。それに賛成な人が76%。これは、回答率が85%ですけども、回答しなかったのが全部反対しても、6割ぐらいは取っている。過半数を取っているわけです。○を付けた通りに行けば、通るんです。

そして、安倍先生なんかが中心になって、安倍さんが幹事長になったらすぐ自民党に拉致対策本部を作ったんです。今自民党本部に行きますとですね、大きな看板にですね、自民党拉致対策本部というのが出ているんです。本部長が幹事長なんです。そしたら、民主党も作ったんです。拉致対策本部を。本部長は、鳩山由紀夫前代表です。と、公明党も作った。(会場から笑い声)で、各党が全部できて、本部長が全員、12月10日拉致はテロだ今こそ経済制裁を。経済制裁法案の早期成立を求める緊急国民集会というのを12月10日に東京でやったんですけど、3党の本部長が全部出てきた。で、やりますよと言ったわけです。ちょうど平沢さんの所に話が来たのが、その前後のお話。で、西岡でもいいよと出たのは、その後なんです。(会場から笑い声)焦っているわけです。

つまり、飴と鞭が必要なんですよ。日本は今までですね、北朝鮮が恵子ちゃん達のことでも、こんないいかげんな情報を出してもですね、ずっと黙って居るんです。黙っていても、今北にいるのは、拉致を解決しない限り国交正常化しませんよというのは、つまりお金はあげませんよということなんです。褒美は上げませんよということなんです。悪いことをしている相手に、今のままでは褒美はあげませんよとしか言わないんです。一方的にさらってきてですね、死んだとかいうふうに言われて、何も情報を出さないなんて、もっとひどいですよ。本当にね、家族の心を踏みにじる行為ですよ。自分がやったと認めておきながら、正しい情報を出さないということは、二重の意味で侮辱しているし、心を傷付けているわけですよ。一旦拉致について認めたんだから、正確な情報を出すということは当たり前のことなんだ。それが(聞き取り不能)というものです。そういうことをされているのに、今のままでは褒美をあげませんよ、しか言わない。このままで、こんなひどいことを続けているのだったら、恵子ちゃん達やめぐみちゃんたちを帰さないんだったら、国民の人権が侵されて、日本人の人権が侵されているんだから、これは現在進行形のテロだと。日本は、テロとの戦争で、特別法を作って、アフガニスタンのために自衛隊の艦を送った。今度は、イラクに自衛隊の陸上部隊まで送ると言っている。日本人が被害に遭っている時に、褒美は上げませんよしかなぜ言わないんだ。

国連憲章があるわけですね。国際紛争が起きた場合は、まず経済制裁をするんですよ。経済制裁は軍事行動じゃないんです。外交交渉なんです。あの南アフリカの人達が人権を抑圧されているということで、貿易を止めたんです。何で日本人がさらわれているのに、貿易を続けるんですか。金正日が食べる高級なトロを、何で売り続けなければいけないのか。下関のふぐかなんか持って行っているかどうかは分かりませんけどね。(会場から笑い声)高級なメロンとか積んで行っているわけです。万景峰号という船は。人道でも何でも無いじゃないですか。

ただ、制裁には段階があっていいと思うんですよ。医薬品とかですね、乾パンとかそういうものは一番最後でいい。しかし、高級な食料品とか、金正日は日本製のポルノが好きらしいけど、そういうものとか、(会場から爆笑)、電気製品とか、工業製品とかですね、そういうものを最初にやると。で、北朝鮮の人達の往来についてもですね、今日本に7人の北朝鮮の国会議員がいるんです。朝鮮総連の幹部が、北朝鮮の国会議員なんです。外国人でも選ばれる。その国会議員が、自由に国会に行くために日本から行って帰って来れる。そんな馬鹿なことは無いじゃないですか。日本は自由主義国家だから、外国人が出国する必要は認めると。しかし、戻って来ることは許さない。再入国許可というのは、主権国家だったら主権国家が出していいわけです。許可するかしないかは。実際、1960年代までは、朝鮮総連の人間には、ほとんど再入国許可は出していなかった。南北が対立しているからという理由で、冷戦時代は出さなかったんです。南北が対立しているんじゃなくて、今は日本人が侵害されているから、もっとひどいわけです。日本と北朝鮮の関係で言えば。日本の主権が侵されているわけですから、もっと強いことをやったっていいわけです。現行憲法で60年代に出来たことがなぜ出来ないのか。北朝鮮を刺激することは一切しないという政策を、取っているわけです。

元々日本はそういう国で、外国を刺激することはしないという、戦後はずっとそうなんです。国際社会が制裁を決めると、イラクを刺激することをなぜやるかというと、アメリカとイラクを比べると、アメリカを刺激したくないんです。主体的に決めているんじゃないんです。まず、制裁法案を作るということ、日本の一国の判断で制裁ができる準備をまずする。そしてその後、今度は期限を切ってですね、子供達を帰しなさいと。4月の末まででもいい。それをしないんだったら、船を止めますよと。貿易を止めますよと。

そして、8月の末までに、日本政府が150の質問をしているわけですよ。恵子さん達のことを含めて、これはおかしいと、その答を出しなさいと。それをしなければ、全部止めますよと。レベルをだんだん上げていく。それでも聞かなければ、今度は国連の安保理事会に出して、日本人の人権は侵されているから、主権侵害だ。しかし、日本は国際紛争の解決のために武力行使をしないから、国連が経済制裁を一緒にやってくれと。そして、中国に対しても、北に対しての援助を止めろと。止めなければ、日本が中国に対する援助を止めるぞと。大体、援助を貰っている国が援助をやっているなんて、おかしいじゃないですか。(会場から笑い声)余裕があるわけですよ。北に援助を出せるなんて。全部止めたっていいわけなんですよ。ロケットまで発射している国に出しているわけですから、日本国の税金ですからね、日本の人間を取り戻すためになぜ使っちゃいけないのか。ということをやれる体制が今できつつある。北朝鮮はそれを怖れているわけなんです。いろんな揺さぶりをしてくるでしょうけども、やはり国民が「日本人を取り戻すのは日本人だと。」いう気持ちで、闘わなければならない。

この間、曽我さんに会いましてですね、話をちょっと聞いたんですけども、北朝鮮に居るとき、夜になって月や星を見るとですね、この月や星は日本でも見えているだろうなあと。いつ帰れるだろうかと、思っていたというんですね。たぶん、恵子ちゃん達はですね、口コミ社会ですから、5人が帰ったということは知っていると思うんです。私たちは死んだと言われているらしい。今晩も月や星を見ながらですね、お父さんお母さんが死んだと言われたことを信じてしまったらば、日本政府がそれを信じてしまって要求を下げたらば、国民が助けようという気持ちが無くなったら、私たちはここで死んでいくのかと。これで終わりなのかなと、今晩思っていると思います。

名前がまだ明らかになっていない拉致被害者がいるわけです。安さんは100人ぐらいいるんじゃないかと言ってました。その人達はですね、一部名前が特定失踪者として明らかになっていますけど、まだ日本政府が認めてませんよね。そういうことを口コミで聞いて、私たちは名前さえまだ知られていない。日本政府は、外交交渉でもまだ私たちの名前さえ出していない。このまま終わってしまうのかなと。今晩も、月や星を見ながら思っていると思います。

まず、経済制裁法案を通して、日本が日本の意思で全員取り戻すと、帰さないんだったらば不利益を与えますよと、そういう体制を作ってから、初めて真の交渉が始まる。というふうに思っていますけど、後一息です。みなさんと一緒に闘っていきたいと思います。
ありがとうございました。(大きな拍手)

 

りめんばー様

 

 

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