蓮池透氏の講演と童謡・唱歌の集い

●日 時 12月6日(土)受付午後1時30分より
●第1部 午後2時〜3時 童謡・唱歌の集い
     山口佳恵子さん(関西二期会・ソプラノ歌手)
●第2部 午後3時〜4時30分 講演
     演題 「北朝鮮による拉致問題について」
     講師 蓮池透氏(拉致被害者家族会事務局長)
●参加費 1,000円【一部を家族会に寄与します】
●場 所 大阪府神社庁5階
     大阪市中央区久太郎町4渡辺6号
     坐摩神社(いかすりじんじゃ)境内(伊藤忠ビル西側)
     地下鉄・御堂筋線「本町」下車・15番出口より
●主 催 日本会議大阪 北摂支部
     支部長 田畑政治(箕面市・為那都比古神社)072ー729ー7045
     事務扱 衛藤 恭(吹田市・片山神社)06ー6388ー4070

 

日本会議池田氏より蓮池氏の経歴紹介後登壇

こんにちわ。
家族会事務局長の蓮池透です。
昨年来から国民の皆様の関心が高まり、多くのご支援をいただくようになりました。
ありがとうございます。

街で「あ、拉致の人だ。」と言われる。タクシーに乗ると「日本に慣れたか?」と聞かれる。
「イラク戦で、バクダッドからレポートしていただろう?」と言われることもある。
「砂嵐だ大変だった。」と答えることにしている。
背中を撫でながら「あ〜あ、こんなに痩せちゃって・・・。」と言われたこともある。
もともと、こんなに痩せてるんですけどね。
皆さんに関心を持ち続けて欲しい。最近よく目にする「風化」という報道が辛い。

弟達が拉致されて25年が過ぎた。
25年と言えば、オリンピックが4回、ワールドカップも4回。
生まれた子供が働きだすほどの年数だ。
それでもまだ、解決はしていない。

弟たちは、7月31日夏の暑い日に拉致された。
「夕日を見に行く」と言ったきり、不法入国してきた北朝鮮の工作員に無理やり連れて行かれた。
顔面を3発殴られ、目が見えなくなったと言っていた。
袋に入れられ、船を2〜3回乗り換え連れて行かれた。

拉致は国家テロだ。
特定失踪者と言われる、北朝鮮に拉致された疑いのある人たちは、膨大な人数だ。
昨年も失踪者が出ている。
家族や、身内が拉致される可能性は未だにある。

祐木子は、ガムテープでぐるぐる巻きにされたと言っていた。
目、耳、口をガムテープで塞がれた。
テープの隙間から、だんだんと遠のく柏崎の明かりを見ていたそうだ。

二人は、北朝鮮での生活を多くは語りたがらない。
配給の食事。
月一回の買い物。
全てが偽装されていた。在日の帰国者として暮らしていた。
常に監視され、物心両面から呪縛されていた。
子供だけが生き甲斐だった。

日本に帰ってきて、好きなように暮らせるようになった。
警備のため警官はついているが、監視ではない。
二度と日本に帰ることはないと、思っていたようだ。
彼らは、心の中で日本を消し去ることが、プラス思考だった。
絶対に死んではいない。生きている。これが日本の家族のプラス思考だ。
弟たちとは全く逆だ。

3年間くらいは、日本からの救出を待ったそうだ。
毎朝、目が覚めるたびに、日本じゃないと天井を見て思う。
目が覚めると、これは夢だ、夢であってくれと思って過ごしたそうだ。

家族離散、人権蹂躙、弟達は親子二代に渡る人権蹂躙という拉致行為を受けている。

地村さんの娘さんに縁談の話が出た。
政府には、話をしてあった。ありえることとして、伝えてあった。
本当に返さないようにすることが目的なら、地元の人間と結婚させ、黙っている。
こうして公にすることは、揺さぶりでしかない。

寺越友枝さんは、朝鮮総連に頼み、お金を出して北に行っている。
日本政府はなにもしない。
今回の縁談のことも、私は寺越さんに期待したい。

弟達の生活の様子も知らず、残された家族は何ができるのか。
地元では、UFOだ、神隠しだと言われるようになった。
神社、お寺、占い・・・そういうものしか縋るものが無くなって行った。
祖母は、朝起きると先ず太陽を拝む。
仏壇にお供えをし、拝む。
薫が帰ってくるようにいつも拝んでいた。
気持ちの持って行き場がない。怒りはあってもぶつける先がない。

家族の中でも、弟の話はタブーになっていた。
今は、薫たちの子供の話はタブーになっている。
弟も帰国してからは、弟を思っていた自分達とおなじ思いをしている。

9.17、小泉首相の頭の中に、横田めぐみちゃんの名があったのだろうか?
平壌宣言にサインするとき、めぐみちゃんのことを思わなかったのだろうか?
あの日、13歳の少女を拉致した犯人が目の前にいるのにサインした・・・。
怒ってほしかった。席を蹴って帰ってきてほしかった。

10月に帰国した5人が、総理と会う機会を得た。
総理を待っていた。
5人の前に現れた総理は「20年だっけ?」と言った。「25年です。」
総理は5人に「希望を捨てないでくれ。」と・・・。
どういう希望を持てということなのか?

弟は、「政府を信用して待つ。」と言っているから、批判をすると怒る。
総理に文句を言わない。北を刺激しない。税金で暮らしていると思われたくないから、一生懸命働いている。
「私の25年をどうしてくれるんだ?」とは、絶対5人は言わない。
25年前の、社会に出て働いた経験も無いような純粋なままの5人だ。
自由の無かった北での生活を思えば、行きたい所へ行け、遣りたいことができる自由の日本。

25年間、なにもしてくれなかった日本に対して、もっと積極的に解決に向けて動いてほしい。
頑張ったとか、希望を捨てるなとか、軽い言葉をかけるよりも、具体的に対策を出すべきだ。

「拉致されて悔しい」と弟が口にした。
日本政府、外務省は、あらゆる手段を想定して知恵をだしてほしい。
5人は、辛抱強い。強靭な精神力だ。よく我慢をしている。

マスコミの向こうに金正日がいることが、5人にはわかっている。
「子供のことは心配だけど、動揺はしていない。試練だと思って頑張る。」
金正日に決して弱みを見せたくないと思っている。

弟との会話で「何が支えか?」と聞いたことがある。弟は
「酷なことを聞かないでくれ。支えなんかあるわけないだろう。でも、くじけない。くじけない人間になってしまった。」そう答えた。

弟たち、まだ向こうに居る人たちの25年。
他の人たちにはわからない。本人たちしかわからない。
「気持ちはよくわかる。」と、軽く言うのは被害者に対して失礼だ。
そんな言葉に、思いやりや優しさは感じられない。

藪中局長は、「6カ国協議で取り上げることを希望する。」き、ぼ、うすると。
小泉首相は「粘り強く交渉する。」と繰り返す。APECEでも北朝鮮の問題には触れなかった。
福田氏は「北がその気になれば、いつでも解決できる。人道的にすべき。」
北をその気にさせるのが、政府の仕事ではないのか?
川口外相は、国連議会で「拉致問題等を、包括的に交渉する。」と言い、50億ドルの支援を打ち出した。腹立たしかった。

日本は、中国へのODA支援をしているが、北朝鮮の最大の支援国は中国だ。
日本は間接的、直接的にも、テロ国家を支援する、テロ国家支援国家だ。

8月の6者協議のあと、9.1に藪中局長にお会いした。
「日朝国交ルートは出来たのか?」と聞くと、「出来た!」と断言された。
いつから、交渉は始まるのか?いつ開始するんだ?しつこく聞くと、
「すぐにでも週単位でやっていく」と・・・・。
しかし、その後何の話も聞かない。

川口外相は「家族と連絡を密に。」と言いながら、一切連絡がない。
全てが厳秘あつかいだ。
外務省は、四半世紀も自国民が人権蹂躙扱いされているのに、なぜ叫ばない。
省内の「人権擁護」の部署にも相談に行ったが、
「海外に居られる方の人権は扱っていない。」と言われた。
拉致されて、海外にいるのに・・・。

去年の9月から一変した。
でっち上げが、真実だったと白日のもとに晒された。
疑惑と言われていたことが真実だとわかってからも、一年経ってみれば何も変わっていない。
でも、国民の皆さんからは、運動を認めてもらえるようになった。
署名も、進んで書いてくださるようになった。

9.17。
小泉首相は、あの日一日で拉致問題を終わらせるつもりだったのではないか?
国益に反する行為ではないか?
我々は、議員会館に集まり、連絡を待っていた。
外務省の飯倉公館に集まるように指示が出た。全員の情報があると。
移動した先には、広い部屋で中央にTVがあった。
電話で話ができるのか?中継」をしてくれるのか?我々は期待して待った。
コーヒーやサンドイッチが用意され薦められた。
「そんなことより、TVをつけてください。」と頼んだ。

NHKに「9人生存」の速報が流れ、数人に訂正された。
外務省の情報より、NHKが早かった。
一時間後、横田さんが呼ばれた。
やがて泣きはらした顔で戻ってこられた。
「娘さんは、亡くなられています。」そう、断定された。
死刑執行を待つ囚人のような思いで順番を待った。

やがて私たちの番が来た。
家族会は一つの家族だから、一緒に言ってくれという私の言葉を福田氏は「まあ、黙って聞きなさい。」と制した。
まるで「宣告」だった。

発表結果が、信用できないと食って掛かった。
なぜ、外務省の情報よりもテレビの方が早いのか?

福田氏が、我々のいないところで漏らした言葉を後で聞いた。
「あいつら、喜ばないんだよな。本当は嬉しいくせに。」

一時間半待たされ、一家族ずつ呼ばれ、宣告される。
この、移動と待ち時間の間に、平壌宣言に調印されていた。
マスコミからの隔離のためだったのか?
騒がせないために、隔離、軟禁されたのだと思う。

平壌宣言には拉致のらの字もない。
情報は北が言った情報、それをそのまま伝えられた。
梅本公使(在中国、日本大使館、領事館の公使?)が確認したと言われた。

後に、キム・ヘギョンちゃんという娘が現れた。めぐみちゃんの娘だと言う。
お母さんの記憶はない。小さいころに死んだ。
20歳のころの写真、ラケットの写真が出された。
めぐみさんの死は確証できない。
梅本氏は、直接確認はしていない。

生存と言われた5人は、すぐその場(日朝首脳交渉の場)に連れて来いと言うべきではなかったか。
身柄を保護する、あるいは日本人の警備をつけるなど何かすべきではなかったか。

身元確認に当たった人は(梅本氏?)、5人に会って、生年月日や家族の名前などを聞いた。
本人確認のため‘会いに’行っただけ。
何の情報も持たず、会っただけ。
写真も、会話の録音もなかった。

私たちは、8名死亡は出鱈目だと騒いだ。
すると調査に行くという話しが出た。
出発の朝「8名の特徴を教えてくれ」と言われた。
田中均に「今まで何をしてきたんだ。謝れ!」と言ったが、謝罪はなかった。
8人は、死んだ。葬式出して、諦めてくれ。
5人に会いたければ北に行ってくれ。
それで、終わりにしたかったのだろう。

5人の帰国前のビデオでも、「会いに来てくれ」と言っていた。
一時帰国として帰ってきたとき、友達にも「北朝鮮はいい所だから、遊びに来い」と盛んに言っていた。

一体どこの国の政府、どこの国の官僚か。
確認されていないことが、発表されたときには「死亡」となっていた。
外務省に、8名の情報をFAXで送って欲しいとカマをかけたら、本当に職場宛てにFAXを送ってきた。
ついでにハングルのも・・・と言うと、それも送られて来た。
「死亡」と書いてある書類をFAXで、しかも職場に送る無神経さを抗議すると、その職員は「だって、送れといわれたから」と泣き出した。
話にならない。

金正日が、拉致を認め謝った。
それが真実かどうかは、あの場に居た人にしかわからない。
通訳が間違っていたかもしれない。
小泉首相は、なぜあの場で怒らない。5名を連れて来いと言わない。
拉致を起こした国に「返せ」と要求する義務がある。
あの場で、面と向かって「返せ!」と言って欲しかった。
こういう姿勢が、膠着状態の根源だ。
あの日の平壌宣言にも拉致のらの字もない。

日本政府は120万トン、7000億のコメ支援をしている。
被害者を取り返そうとする気が無いのではないか。
5人の帰国後、支援法ができ、月額夫婦で24万もらえる。無税だ。
5年間の限定。子供は一人3万。
市役所でのバイトは日給5千円。それも、月18日までと決められている。
友人たちとの24年間の空白も大きい。

この国にはテロ対策本部がない。みな片手間だ。
プロジェクトチームを作って欲しい。
370人を越す、特定失踪者の相談窓口もない。
政府にポリシーがない。
戦略もあるのかどうかわからない。
日朝正常化交渉が国益だという官僚も居る。
日本政府としては、北朝鮮に対し「厳重抗議」をしてほしい。

国の方針がないから「何をしたらいいのか?」と支援者に聞かれる。
指針がないため、支援の仕方がわからないと言われる。
明確な方針がなければ風化してしまう。
国の責任だ。
小泉首相に郵政を語るときのように「北朝鮮はけしからん!」と言ってほしい。
自主的に戦略を考えるのは国の仕事。
家族会が提案するものではない。

マスコミも「北朝鮮はけしからん!」と書かない。「日本人返せ」と書かない。
書いてくれと、何度も言ったが「自由主義国における、多様な意見、多様な見解・・・云々」と言われてしまう。

私は、日本政府に対し、不作為に対する賠償請求をしようと考えている。
「支援室」に相談するつもりだが、国の支援室が支援してくれるだろうか?

北朝鮮と国交正常化して、なにか利益があるのだろうか?

来年3月ごろを目途に、10万人規模のデモを考えている。
経済制裁が国会を通過していれば早期実施を、していなければ経済制裁法案の国会通過を要求するデモだ。

先の衆議院選挙で、アンケートが実施されその結果が出ているが、これを見る限りでは衆議院だけででも成立できそうな数字だ。
関西では、拉致問題の関心の高さがよくわかる。あの土井を破り、新人ながら地道に活動を続けてこられた大前氏が当選された。
私の地元新潟では、熱心に応援してくださった人(吉田六左右衛門氏)が落選した。
新潟県の結果が残念だ。

決して風化させてはならない。
正義は必ず勝つ。
日本もきちんとやるんだという所を、若い子達に見せなくては、日本は成り立たなくなる。
これからも、どうか関心を持ち続けていただき、尚且つ冷徹な目で政府、外務省の監視をしてほしい。

 

憤怒の小指様

 

 

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