地村ご夫妻を励ます県民集会

●日 時:2003年11月24日
●時 間:PM1:30〜3:10(午後1時開場)
●場 所:福井県民会館(大ホール) 収容人数650人
●所在地:福井県福井市大手3-11-7
●参加者:地村保志・富貴恵さんご夫妻
     地村 保さん
     浜本雄幸さん
     中山恭子内閣官房参与

 

次第は次の通り。

○主催者あいさつ     福井県知事  西川一誠氏
○来賓あいさつ      福井県議会議長  山本芳男氏
○ご紹介         小浜市長  村上利夫氏
             北朝鮮に拉致された日本人を救う福井の会会長  池田欣一氏
○夫妻あいさつ      地村保志・富貴恵さんご夫妻
○講演          講師 内閣官房参与  中山恭子氏
                演題「拉致被害者・ご家族の方々とともに」
○詩吟朗詠        「祈安息」 濱本雄幸氏
○励ましの言葉披露
○お礼の言葉       地村保氏
○締めくくりあいさつ   福井県知事  西川一誠氏
○アルバム贈呈
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会場の収容人数は650人との事でしたが、それだけでは座りきれずに折りたたみ椅子に座っている方や通路に立って聴いている方も含めて700人くらいの参加でした。福井県の主催との事で、会場では「福井県」の腕章を付けた方が受付や席の案内等の運営をしていらっしゃいました。

拶や講演の中で皆さんが仰っていらっしゃったのは「世論の力をお借りしたい」との事でした。「一人でも多くの方の人に関心を持って頂いて、世論を盛り上げて下さい」と。あと、中山参与が講演の中で「先日田中真紀子さんが間違った事を言ってらっしゃいましたが、(帰国した拉致被害者)5人の子供は日本人です」と御話になった時、会場は大きな拍手に包まれました。

開場は1時でしたが、私が到着したのは1時10分頃。
励ましのメッセージをカードに記入して大ホールに入ると、もう席は7割程埋まっていました。福井県主催との事でスタッフの方は「福井県」と書かれた腕章をつけていらっしゃいましたが、皆さん胸にブルーリボンを付けていました。報道陣も多数いたようで、特に読売新聞の方を多く見かけましたが、こちらも皆さんブルーリボンを付けていました。他にテレビカメラが3台来ていました。集会が始まる1時半には650の席は埋まり、他に折りたたみ椅子に座っている方や通路に立って聴いている方も含めて700人くらいの参加があったようです。

 

●主催者あいさつ(抜粋) 福井県知事 西川一誠氏
本日は「地村さんご夫妻を励ます福井県民集会」を開催致しましたところ御集まり頂き誠にありがとうございます。本日は皆さん同じ思いで来て頂いたと、地村さんの子供の帰国を願っての事と思います。(ご夫妻の帰国から)一年が経過も、まだ帰国の目途が立たず、お二人の思いは過酷なものがございます。そういう御気持ちを拝聴し「厳しい(耐え難い)な」という気持ちを抱いております。一日も早く帰国をという気持ちでの多くの人の集会への参加が嬉しく、心強く思います。地村さんの子供が北朝鮮にいる、とらわれている状態は許せないものがあります。皆さんの力で、県民一人ひとりの力を頂いて問題の解決を図らなければなりません。日本政府にはあらゆる努力をして、日本独自に交渉し、あらゆる手段を用いて国民を守り、取り戻して欲しいと思っています。これからも(知事も)あらゆる努力を持って地村さんご夫妻をはげまし、目的…子供の帰国を達するよう目指す事を約束致します。

 

●夫妻あいさつ(要旨)


◇地村保志さん
こんにちは(会場「こんにちは!」)
福井市に来るのは北朝鮮から帰国してから2度目です。
一度目は昨年11月の初め頃でした。その時も多くの励ましを頂きました。
帰国して一年が過ぎました。いろんなことがありました。
楽しいこともありましたが私たち夫婦にしか分からない悲しみや悩み、重い決断がありました。
当初一時帰国の予定だったものを永住すると決めた事、新潟で(帰国した)5人で共和国のバッチを外すと決めた事、4月から市の嘱託職員として勤務している事、それぞれの決断が出来たのも全て皆さんの支援のおかげです。
改めて御礼を申し上げます。
しかし子供たちはまだ北朝鮮にいます。帰国の交渉は政府にお願いするしかありませんが政府を動かすのは世論です。
更なるご支援を御願いします。

◇地村富貴恵さん
帰国してからこれまで、署名や激励などを頂きありがとうございました。
私たちには信じられない夢のような1年でしたが、子供たちには心細く、気が晴れない1年だったに違いありません。1日も早く会って心をすっきりさせてやりたいです。
今後もご支援を御願いします。

 

●講演(要旨抜粋) 講師・内閣官房参与 中山恭子氏

演題「拉致被害者・ご家族の方々とともに」

こんにちは。今日は「地村さんご夫妻を励ます福井県民集会」にお集まり頂きありがとうございます。
福井県知事、西川さんもこのような集会を開催して頂きありがとうございます。また、福井県・小浜市の支援に感謝致します。
私は去年からこの仕事(拉致被害者支援室)に携わるようになりました。
去年の9月に初めて家族会の方とお会いした時の第一印象は「この方々は長い悲しみに耐えて鍛えられた、すごい人たちだなあ・・・と。解決までこの方々と共にこの仕事に関わりたい」という事でした。
昨年外務省の斎木参事官(当時)等の調査チームが北朝鮮に行きましたが、その結果北朝鮮が死亡したとした人については不審な点が多く、今後調べる必要があると思いました。
去年の10月15日、北朝鮮に5人の拉致被害者を迎えに行きました。
この時一般の人でも行き来できるルートである北京経由で迎えに行くか、直接平壌に迎えに行くか、と言った意見がありました。
やはり日本政府の責任として直接行くべきと言うことになり、政府専用機は出せませんでしたが、チャーター機で迎えに行く事が出来ました。
5人に会った時「おはようございます」と声を掛けると日本語で「おはようございます」と返って来ました。
この時に5人に日本人の心が残っていると感じました。日本の事を頭のどこかに置きながら24年を過ごして来た。
5人が日本人の心を持ち続けていて下さった事をありがたい事だと思いました。
また同時に「なんとかしなければ・・・」とも思いました。
曽我さんは子供達に自分は日本人である事を話していましたが、地村さんと蓮池さんは伝えていません。
先日田中真紀子さんが間違った事を言ってらっしゃいましたが、帰国した5人は日本人ですから、その子供は日本人です。(会場大拍手)
でも地村さんや蓮池さんは子供に自分が日本人であるという事も伝えられないような生活をしていらっしゃったのです。
5人は日本に住み、今後子供達がどうするかは日本で子供と話し合うべきなのです。
5人はもちろん、その子供も、家族も、親戚もみんな日本人なのですから。

拉致問題は、個人 対 国(被害者 対 北朝鮮)の問題ではなく、国 対 国 の問題です。
国民を守る事は国の最も基本的な役割である事を、(政府が拉致被害者5人を北朝鮮に戻さない方針を決定した)昨年の10月24日に再認識致しました。
子供達と今後どうするかを、5人が北朝鮮に行って北朝鮮で話し合う案や、北京などの第三国で話し合うという案もありました。
しかし、北朝鮮は日本と同じような社会ではありません。
子供達は自分達が日本人とは知らず、また日本に対してどのように教育されてどのような認識でいるかも解りません。
そのような状況で将来の事を判断し意思表明する事はできません。
例えば、横田めぐみさんの御嬢さんのキム・ヘギョンちゃんは昨年9月の政府調査団には「お医者さんになりたい」と話していたのに日本のテレビに出演した時は「朝鮮労働党員になりたい」と答えていました。
きっとテレビでは党に教え込まれた通りに練習して言わされたのでしょう。
北朝鮮はこのような社会ですから被害者と子供たちを北京など第三国で会わせるのでなく日本に連れて帰らなくてはいけないのです。
昨年10月15日に5人が帰国して飛行機のタラップを降りる時、報道陣のカメラが沢山ありました。
それだけではなく、多くの親戚や友人、「お帰りなさい」の垂れ幕や日の丸の旗が出迎えました。
実は5人は「長い間“行方不明”だった私達は日本に受け入れられるのか?」と心配していましたが、温かく迎えて頂けました。
5人は長い間の北朝鮮での生活で忍耐強くなっていらっしゃって、冷静に北朝鮮の出方を判断していらっしゃいます。
県や市が支援して下さっている事には非常に感謝しています。それに甘えることなく、国としてもやるべき事をやっていきます。
帰国に関して子供達と5人とは違いがあります。
(5人が帰国した時は友人が出迎え、歓迎してくれましたが)子供達は日本に友人がいません。
ですから、5人を迎えたように盛大に出迎えるのではなく、静かに受け入れて欲しいのです。
また、帰国してからも日本の生活になじむまでは家族と静かに生活させて欲しいのです。
そうしないと戸惑うのではないかと思いますので、理解して御協力を御願いします。

拉致事件の解決は、日本の国としてやるべき事だと考えています。
北朝鮮にも、NGOやジャーナリスト経由でなく、国として対応すると訴え続けています。
7月に政府の基本方針が決定しました。
帰国した5人と北朝鮮に捕われている家族が音信不通なのは、おかしな事です。
5人の家族が戻るまでは国交正常化交渉はない、と方針です。
家族の帰国に関して金銭などの代償要求があるかも知れません(※いろいろ報道されているようですが、あくまでも仮定の話との印象を受けました)が、それには応じない方針も確認しました。
基本方針を守っている所為か、最近ではNGO等を経由した動きは収まっているようです。
北京では毎週、日本大使館から北朝鮮大使館に、8人(5人の家族)の帰国交渉を呼び掛けてはいるのですが、進展はありません。
他にもアメリカが協力してくれていて、家族会の方が訪米した際にも協力を約束して下さいました。
また国連にも訴え掛けていて、人権委員会でも北朝鮮が死亡としている人の調査を求めています。
ここまでいろいろとやって来ました。
一人一人の方々が関心を持ってしっかりと見守って、理不尽な国際犯罪を解決する事が必要であり、北朝鮮にとっても国際社会の一員となる上で大事なのです。
これからも(地村さん)御夫妻をあたたかく見守って頂いて、御夫妻に支援を御願い致します。

 

●詩吟朗詠 「祈安息」濱本雄幸氏
※濱本さんが1980年代初めに北朝鮮による拉致を確信した時に、百人一首の歌「立ちわかれ いなばの山の 峰におふる まつとしきかば 今かへりこむ」(在原行平)にも影響を受けながら作られた漢詩を披露されました。
http://www.asahi-net.or.jp/ ̄sg2h-ymst/yamatouta/sennin/100i/016.html

何度も「我流ですが・・・」と謙遜していらっしゃいました。
濱本さん(要旨):
皆さん、私は5人が帰国出来たのは、これは「天の力」、すなわち「世論の力」の御陰と思っています。



 祈 波 風 悲   祈 
 天 涛 聞 憤   安 
 誅 絶 無 慷   息 
 加 叫 声 慨     
 護 消 悲 在     
 安 波 松 極     
 息 間 風 限     
             
 


(安息を祈る・悲憤慷慨「こうがい」極限ニ在リ/風聞声無ク松風悲シ/波涛「はとう」絶叫波間ニ消ユル/天ハ誅シテ加護安息ヲ祈ル)
−−−妹の消息が分からず怒りと悲しみは限界にきている。海で絶叫するが、悲しい声は波間に消えて行く。神様どうか、妹を守り救ってください
http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2003/niccho/news/0113-47.html
皆様には御世話になっております。今後もどうか力を貸して下さい。(会場大拍手)

 

●励ましの言葉披露
全国(のみならず、アメリカ在住の日本人からも)から地村さん御夫妻に励ましのメッセージが届いていました。
政府の拉致問題専門幹事会議長である細田官房副長官からのメッセージも披露されましたが、「(子供の帰国に)政府全体として全力を尽くす事を約束します」と締められていました。


●お礼の言葉 地村保氏(要旨)
こんにちは。(会場「こんにちは」)
本日は、知事、参与をはじめ息子達を励ます会に多くの方が参加して頂きました事を御礼申し上げます。
世論の力で息子達は帰国できました。家族の帰国の為に再度世論の力を御願いを致します。
国・県・市の支援もありがたく思っています。
24年間の空白は親である私にも埋められません。本人次第です。普通に接してやって頂けるとありがたいです。
最後になりますが、どうか孫たちが帰国できるよう、更なる御協力を御願い致します。(会場大拍手)

 

りゅうりゅうさん(投稿)

 

 

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